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作品ID:98

こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「ライトノベル」です。

文字数約12060文字 読了時間約7分 原稿用紙約16枚


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小説の属性:ライトノベル / 恋愛 / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし /

フェージング・アウト -Fading Out-

作品紹介

 タイトルから予想がつくかと思いますが、『フェージング・オーヴァー』の修正・別バージョン的な作品です。
 途中までは『フェージング・オーヴァー』と一緒ですが、こちらは原案『フェイド・メール』により近い終わり方になっています。
 マイナーチェンジというよりは、当初の予定ではこうなるはずでした、という原案の正当なリメイクというべき作品になってます。


 十二月に入って数日が過ぎたある日、俺は仲の良い三人の友人と近所の食事処で夕食を取っていた。
 小さな店ではあったが、店内は割と小奇麗で、値段の割に量が多いことで大学生である俺たちには足を運びやすい場所だった。ややオレンジがかった明かりの下で、食事をしながら談笑していた。
「だからそこは腹の動きで次のモーションを予測してだな」
 大盛りのマーボー定食を食べながら、対角に座る友人の一人が言った。
「いや、見えねーって」
 ラーメンを啜っていた向かいの友人が笑いながら言い返す。
 最近流行りのゲームについて、話が弾む。
 口の中のものを飲み込んでから、何か言ってやろうと思った時だ。
 突然、俺の携帯電話が鳴った。
「お?」
 自分でも驚いたのは、普段設定している着メロと違ったことだった。
 つまり、登録されていない相手からの着信だ。
 レンゲを置いた右手をスラックスのポケットに突っ込み、携帯電話を引っ張り出す。
「あ、メールか」
 閉じた携帯電話の外部液晶にはメールであることを知らせる短いメッセージが表示されていた。
「でも、誰だ?」
 不信感を抱きつつ、携帯電話を開いてメールをチェックする。
 知らないアドレスから、メールが来ていた。宛先が複数あることに、スパムやダイレクトメールの類ではないかと推測する。
 件名は、メールアドレス変更を知らせる旨が書かれていた。差出人の名前と共に。
 名前を見て、絶句した。
 いや、絶句は言い過ぎか。ただ、言葉がなかったのは確かだ。
 どう反応すべきか分からない。その時の感想はそれしかなかった。
「どしたん?」
 隣に座る友人が声をかけてくる。
「ん、いや、知り合いがアドレス変えたってメール。別に返事は後ででいいな」
 何でもないメールだと言って、携帯電話を閉じてポケットに押し込んだ。
 じわじわと湧き上がり始めた苛立ちと共に。

 友人たちと別れて帰宅した俺はベッドに腰を下ろして携帯電話を開いていた。
 あの時受信したメールを、もう一度見返す。
「……何で、今更」
 送信相手は、高校の時に付き合っていた女性だった。
「……どうして、俺のアドレスが混じってるんだ」
 見知らぬ宛先が並んでいる。
 きっと、送り主の友人たちなのだろう。
 だが、メールアドレスの変更を告げる宛先の中に自分のアドレスが入っていることが何より不審だった。
 付き合って、一年程度で別れた相手だ。確かに、その後も暫く交流はあった。だが、いつも一方的に突き放してきたのは向こうだ。
 一人になって、メールを見ていると苛立ちが抑えられない。自分でも表情を歪めているのが分かる。
 返事を出すべきか、迷った。出さなければ、きっとこのまま何事もないだろう。
 このメールを削除すれば、なかったことにもできる。
 ベッドの上に仰向けに寝転がった。メール画面のままの携帯電話を片手で閉じて、天井を見上げる。
 なんだろう、前にも似たようなことがあった気がする。

 ――あぁ、そうか。

 あれは、高校に入って一ヵ月が過ぎた頃だっただろうか。
 ある日、自転車で高校から帰る途中、中学校の時同じクラスだった彼女と偶然出会った。
 同じクラスだったのは三年の時だけだったが、委員会が同じになったこともあって他の女子たちよりも会話をするようになった。特に趣味が同じだったわけではないが、何となく気の合う奴だなという印象を持った女の子だった。
 ルックスは平凡と言えば聞こえは悪いかもしれないが、最高に美人というわけではない。割と地味な印象だったが、派手な者たちよりも好印象だったのは間違いない。
 県内でも上位に入る進学校に、俺は頑張って合格していた。頑張った、と言っても、別段そこに行きたいという理由があったわけではなかった。ただ単に自宅から一番近いから、だった。毎日片道電車で一時間だとか、電車代だとか、面倒だったというのが大きい。
 中学の時親しかったクラスメイトたちも何人か俺と同じ高校を受けたが軒並み落ちてしまっていたこともあって、中学の知り合いが妙に懐かしく感じたのを覚えている。
「ねぇ、携帯電話持ってる?」
「ん? ああ、あるよ」
 別れ際、彼女が携帯電話のアドレスを交換しようと言ってきた。
 俺は中学の時、携帯電話を持っていなかった。さほど必要性を感じなかったし、学校内への持ち込みも禁止だったから、持っていても仕方がない。それに、携帯電話は当時普及し始めて間もない頃で、持っているクラスメイトはいたがごく一部だった。機能も少なく、料金の定額制度なんてのもまだなかった。
 高校に入ると同時に、携帯電話を持つようになった。親に持たされた、というべきか。中学の時よりも行動範囲が広がるだろうから、緊急時にも連絡がつくように、と。
 帰宅して携帯電話を見ると、いつの間にかメールが届いていた。さきほどアドレスを交換して別れた彼女からだ。
 俺は目を丸くした。
 メールには、中学の時から好きだった、付き合って欲しい、という内容の文章が書かれていた。
『うん、今度飯でも食いに行こう』
 そう返した。
 好きだと言われたのは素直に嬉しかった。高校に入って一ヵ月経ってはいたが、やはり話していて気が合うと感じられたから、彼女なら悪くないとも思った。
 その返事を出してから、俺は彼女とちょくちょく会うようになった。
 高校が違う、しかも一方は進学校であったために平日は中々時間が合わなかった。だから、平日はメールで、会う時は大抵週末の休日だった。
 試験前には近所の図書館で一緒に試験勉強もした。
 夏休みを前にして、祭りに行こう、花火を見よう、プールに行こうと話し合っていた。
 しかし、結局それらは話だけだった。
 彼女の高校が夏休みになっても、一週間以上ものあいだ、俺の高校は休みにならなかった。いや、年間の行事予定では夏休みになっていた。ただ、補習という名目で登校しなければならなかったのだ。
 進学校の勉強は放っておけば直ぐについて行けなくなる。小学校中学校と成績は良かったが、俺はどちらかと言えば不真面目な人間に近い。問題を起こすという意味はない。単に、内心では勉強したくない、遊びたいと思っていただけだ。周りの高校が夏休みになっても登校しなければならないのは苦痛だったが、サボるという考えはなかった。
 だから、夏休みになっても彼女と会える時間はあまり増えなかった。彼女の方も、夏休みになって友達付き合いでの用事もあっただろう。
 そんな中、花火を見に行こうと二人で約束した日は、雨が降った。花火は中止、二人で行くという予定も白紙になった。土砂降りの雨の中、二人で出掛けるという話にはならなかった。
 それから直ぐにお盆の期間になってしまい、忙しくなってまた中々会えなかった。
 お盆明けの八月半ばには終わってしまう短い夏休みのせいで、大したデートは出来ずじまいだった。結局、まともに休みと言えたのは一週間ほどではなかったか。その癖宿題だけは多かった記憶がある。
 また、月に何度か週末に会う関係が続いた。クリスマスはお互いに家で予定があったため何もなく、年明けの初詣も日程が合わなかった。ただ、三月の彼女の誕生日には、当日ではなく数日ズレはしたものの、デートをして安物ではあるがアクセサリをプレゼントできた。
 春休みもまた、俺の方が忙しくてほとんど都合が合わなかった。
 進学校だったせいか、二年生になって月一回、週末に模試が入るようになった。週末の休みしか彼女と直接会う機会がない俺にとって、その模試には休日を奪われること以上の怒りを抱いたものだった。
 それから数か月が経ち、夏休みも目前に迫ったある日、俺は自宅でレンタルしてきた映画を見ていた。俺は休日だったが、彼女の方は既に予定が入っていると以前より聞いていた。真夏の暑い中、外へ出かける気力はなかった。
 映画を見ていると、携帯電話が震えた。
 設定した曲から、彼女からの着信、それもメールだとすぐに判別できた。
『ごめん、もう私に関わらないで』
 目を疑った。
 何でそんなメールを送ってくるのか、わけが分からない。直前までのメールの遣り取りを見返してみても、この結論に至るような雰囲気はまったくない。愛想を尽かしたとか、意見が合わなくなってきたとか、そんなことを向こうが思っていたとは、少なくともメールの文面からは読み取れなかった。
「何で……?」
 と、返したかった。
 けれど、そう返したところで素直に答えは教えてくれないだろう。送られてきたその一文から、直感的にそう思っていた。きっと、はぐらかされる。理由を言うつもりはないんだと、メールの文面から読み取った。
『君が、そう言うのなら』
 あの時の俺は、結局、そう返したんだった。
 当然、色んなことを考えた。
 新しく好きな人ができたから、本当に好きなのか試したくて、付き合ったことで何か辛い目にあった、送信相手を間違えた、何か事件に巻き込まれた。些細なことから、非現実的なことまで、当時考え得るあらゆる状況を想定した。
 それでも、簡潔な一文だけのメールでは、理由を推察することすらできない。反論や、食い付くことに期待していたのかもしれないなどとも考えた。
 受け入れる結論をしたのは、失望が一番大きかったかもしれない。
 突然別れのメールを送ってきた相手に対する失望と、そうさせてしまったかもしれない自分に対する失望が。理由さえ伝える気がない相手にも、咄嗟に食い付いて聞き出そうとしない自分にも、失望していた。
 どうして、と聞くこともできた。俺に何か落ち度があったかと聞くこともできたはずだ。
 けれど、打ち明けるのが辛いなら、イヤなら、強引に聞き出したくもなかった。言いたくないなら言わなくていい。
 そういう結論を出していた。
 同時に、もしかしたら俺は彼女を本気で好きではなかったのかもしれない、とも思えてしまった。
 彼女に告白されるまで、恋愛経験はなかった。だから、好きの度合いが恋愛のそれだったかどうか、自信がなくなってしまったのも事実だ。彼女とは話していて楽しかったし、一緒にいてつまらないと思うこともなかった。友達と恋人の区別がなかったと言われても反論できない。
 ただ、その一文だけの遣り取りを最後に、彼女との付き合いは終わりを告げた。
 色々考えても、答えは出なかった。それこそ、たとえ無茶苦茶で誰かに言えば笑われてしまうような理由でも、思い付く限りのものを考えたのだ。
 けれど、何があったにせよ、俺は彼女にとって、別れる決断を下すに至る程度の存在だったのだ。その考えに至り、食い付く気力を失った。

 ――あの時のメールに、似てるんだ。

 あの時も、酷くイラついた気がする。見ていた映画に集中できなくなった。
「何考えてんだ、こいつ……」
 閉じていた携帯電話を開く。
 返事を出さない、という選択肢は消えていた。納得できないことは多々あるが、今教えてくれるというなら聞き出してやりたいとさえ思っていた。
「……馬鹿か、期待すんな」
 返信メールを作成するボタンを押す。
 何て返してやろうか。

 ――そういえば。

 彼女との交信が耐えてから一年が経ち、季節は秋だった。
 自分の部屋でベッドに寝転んでマンガを読んでいると、突然、連絡が途絶えていた彼女からメールが届いた。あまりいじっていないせいで電話帳から消していなかったから、彼女からだと直ぐに分かった。
『あの時はごめんなさい。また友達として付き合ってくれますか?』
 俺はただ、唖然としていた。
 もう来ないだろうと思っていた相手からのメールであったこともそうだが、そこに書かれていた内容に、どんな感想を抱けばいいのか分からなかった。
 友達として、と書かれていたことから、恋人としてのよりを戻すつもりはないことが分かった。つまるところ、話し相手としてのレベルまで戻して欲しい、ということか。
 ただ、何より驚いたのは、俺にメールを送ってきたということだった。それも、何の説明もなしに。
 謝罪の言葉は書かれていた。だが、なぜあの時、俺を振ったのか、その理由は書かれていなかった。
『話し相手ぐらいにはなるよ』
 断る理由はなかった。
 振った相手に今更、と思う反面、またメールをくれたことを嬉しく思っている自分もいた。
 嫌いになったからという理由ではなかったんだと思えたからだろうか。ただ、期待感が無かったとは言えない。
 理由が分かるかもしれない期待と、もしかしたらまた付き合えるかもしれないという期待、恐らく、どちらもあった。
 何故、俺を振ったのか。遠回しに問い質す内容のメールも送ったが、謝る言葉ばかりで理由を教えてはくれなかった。推測の材料になるような情報も一切書いてくれなかったのだ。
 あの時、食い付いても無駄だと感じた直感は正しかったんだと思い、失望の色が濃くなった。当然、俺がそう思ったことはメールで送りはしなかったが。
 それから、また彼女とはメールをするようになった。
 遣り取りの内容に以前のような雰囲気はなくなっていた。あの本が面白かった、あれが欲しい、どこに行ってみたい、次に会える時にはどうしようか。そんなかつての遣り取りは微塵もなかった。
 彼女が一方的に送ってくる相談のメールに、俺が答えるというのがほとんどだった。内容も、女子同士の交友関係でのちょっとした行き違いについてだったり、何らかの状況に対する第三者としての意見であったり、本当にただの話し相手という印象だった。
 どうしてまた俺に相談相手になってくれとメールしてきたのか聞いたこともあった。
『君ぐらいしか、こんな話できる人いないから』
 苦笑を表現する絵文字付きで、そんな答えが返ってきた。
 中学の頃から、元々そこまで活発な人物ではなかったから、交友関係はあまり広くなかったようだ。悪い言い方をすれば、少しばかり敵を作り易いタイプだったとも言える。
 毎日のように顔を合わせる相手には相談し辛い内容だったかもしれない。男で、しかも高校が違うから意識しなければ直接会うこともなく、一度付き合っていたからある程度価値観を知っている俺が、彼女にとっては相談相手として最も適していたのかもしれない。
 都合が良過ぎると思わないでもなかった。
 ただ、彼女に応じていればいつか、理由を教えてくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。
 大学受験を控えた高校三年目の秋だったから、必然的にそのこともメールの話題になった。俺は理工系大学に進むつもりでいたが、彼女は法学部に進むつもりらしかった。
『二人とも受かったら、折角だし久しぶりに会わないか?』
 年が明けて直ぐ、そんなメールを送っていた。
 俺も、彼女も、進学先は地元の大学ではなかった。高校を卒業して、大学生活が始まれば恐らくもう直接会う機会はない。メールではなく、直接会えれば何か分かるかもしれないと思っていたのも事実だ。もっとも、メールを出した時はただの思い付きでしかなかった。
『うん、受かったらメールするね』
 イヤだと言われる可能性もあったから、その返事を見て少し安心していた。
 それから暫くメールでの遣り取りはなかった。お互いに、結果が出た時がメールをするタイミングだと思っていたからだろう。
 試験結果が出たのは俺の方が先だった。それなりに頑張ったこともあって、無事合格していた。
 受かっていた旨をメールで彼女に伝えた。受かるか心配になってきた、という返事を見て、大丈夫だ落ち付いて自信を持て、と返した。
『うん、そうだね、何とかなるよね、頑張るよ!』
 そのメールが、彼女から送られてきた最後のメールだった。

 ――あの時も返事に迷ったんだった。

 結局、彼女から合格を伝えるメールは来なかった。結果発表の日付はあらかじめ聞いていたから、その日のうちにメールが来なければアウトだ。
 メールが来なかった翌日、連絡するか否かで俺は迷った。
 突然相談相手になってくれとメールが来て、途切れていた関係は以前とは少し違う形で繋がっていた。少なくとも、他の誰にも相談できないだろうと思われる話をされた俺はそれなりに信頼されていたと思う。
 大学に受かっていればメールが来る。来ない時は、落ちた時だ。もちろん、落ちる可能性も考えていた。彼女もそうだが、自分が落ちた場合も。
 もっとも、俺が落ちて彼女が受かった場合なら、会おうとメールを出すつもりでいた。
 結果は逆だったわけだが、これは正直気まずかった。落ちたのが俺だったら、まだ良かった。要は、俺の気持ちの問題だから。
 だが、彼女が落ちて俺が受かっていたあの時、何てメールを送ればいいのか分からなかった。何を言って慰めても、俺は受かっているのだ。落ちてしまった彼女に、受かっている俺の言葉を受け止めるだけの余裕があるのかどうか、図りかねた。
 付き合っていた頃は電話もちょくちょくしていたが、話し相手に関係が変わってからは一度も電話したことはなかった。振った男の声を聞くのが怖かったのか、彼女から電話がかかってきたことはなく、俺は電話をかける気はまったくなくなっていた。俺の方から話を切り出すメールもなく、彼女からのメールにただ応えていただけだったから。
 受かった俺が何を言っても、彼女には嫌味にしか聞こえないかもしれない。彼女からメールが来なかったのが、何より決定的だった。なら、そっとしておいた方がいいかもしれない。
 そう思ったから、俺の方からはメールを出さなかった。話し相手として返事をしていたように。
 それから数週間が経ち三月が終わる頃、俺は携帯電話を買い換えることになった。高校にいた三年間使っていた携帯電話も、もう古い機種になっていた。だから、というのもあるが色々とガタが来ていたから、この機会に新調しようというのが本音でもあった。
 携帯電話を買い換えると今まで送受信してきたメールのデータは消えてしまう。電話帳は引き継ぎができるが、それ以外の待ち受けや着信メロディなどのデータはまた入れ直さなければならない。残そうと思えばメールデータも残せないこともないが、面倒なのは間違いない。
 携帯電話を買い換える直前、壁紙や着信メロディ、メールデータなどを一通り確認した。
 その時に、ふと彼女のことを思い出した。
 あれからどうなったのか、どうしたのか、少し聞きたくなった。あれから少し時間も経っているし、大丈夫だろうと踏んで、メールを送った。当然、言葉は慎重に選んだ。結局、どうなったのか、とりあえずそれだけでも聞ければ良かった。
 メールを送って、直ぐに着信があった。
 少し早過ぎると思ったが、返ってきたのはエラーメールだった。宛先が間違っているから送信に失敗した、という内容が英語で書かれたメールだ。
 驚いた、というのとは少し違う気がした。
 あぁ、やっぱり。
 まぁ、そうだよな。
 大学に落ちて、すでに受かっていた俺からメールが来たらどうしようとか、惨めな気持ちになって、受かった俺からの言葉なんてどんなものでも聞きたくないと思ったら。
 簡単なことだ。
 アドレスを変えればいい。そうすれば、変更後のアドレスを知らない俺はメールを送れない。彼女からメールが来ない限り、俺は彼女にメールができない。
 電話をかけてやろうかとも思った。メールアドレスは変更できても、携帯電話の番号はそう簡単には変えられない。
 だが、メールアドレスを変更しているぐらいだ。きっと、着信拒否にも設定されている。そこまで頭の回らない奴じゃない。
 結局、彼女が落ちたと分かった日、メールを出すかどうかで悩んだのは無駄だった。それだけははっきりした。
 それから今に至るまで、彼女からメールが来たことはなかった。もう、ほとんど忘れていた。
 携帯電話の電話帳を見直せば、彼女の電話番号と話し相手だった頃の古いアドレスは残ったままだった。携帯電話を買い換えてから、新しく登録することはあっても電話帳の整理はしてなかった。当然と言えば当然だ。
 返信のキーを押す。
『久しぶり』
 件名にそう入力した。
『送信ミスだろ? とっくに俺のアドレスなんて消してると思ってたよ』
 送信を押す。
 彼女からメールが来て何より驚いたのは、まだ俺のアドレスを持っていた、ということだった。確かに、俺は携帯電話を買ってから一度もアドレスを変えたことがない。だから届いたのだろうが、彼女が俺のアドレスを消さずに残していたことに驚いた。
 電話をかけてやろうかとも思ったが、もしあれ以来着信拒否になっていたらそのままだろうと思ってやめた。
 それから二日後、返事が届いた。一人暮らしのマンションに帰宅して携帯電話を見ると、メールが届いていた。
『あなたにはたくさん謝らなきゃいけないね……。色々と迷惑をかけたから』
 無言でメールを読んでいく。
『あれから色々あって、県外の大学に入って婚約もした。県内にはもう戻らないと思う。もう二度と会うことはないと思う。本当にごめんなさい』
「……またか」
 携帯電話を閉じて、ベッドの上に放り投げた。
 着ていたコートをハンガーにかけて、持っていたバッグを部屋の隅に置く。手洗いとうがいを済ませ、冷蔵庫から飲みかけの紅茶のペットボトルを掴んでベッドに腰を下ろす。
 一口飲んでから、携帯電話を掴んだ。
 メールをもう一度見直す。
 またか。何を思うより、そんな言葉が出ていた。
 結局、こいつはまた何も語らずに終わらせるつもりだ。謝らなければならないと言って、迷惑をかけたと言って、それだけで済ませるつもりだ。色々あって、で済ませているそこが俺は知りたいのに、そこを話そうと言う気が毛頭ない。
 俺の思い込みだと言われればそれまでだが、どうせ聞いたところで答えは返ってこない。それは彼女の話し相手となった時に実感している。
「婚約だぁ? ……んなこと知るか、ふざけんな!」
 携帯電話を投げ捨てそうになった時、着信メロディが鳴った。
 登録されていない電話番号からの着信に、一瞬思考が止まる。まさか、と思いながら、通話のキーを押した。
「……はい」
 恐る恐る、電話に出る。
「あ、こちら○○急便ですが――」
 若い男性のはきはきした声に、俺は一瞬応じることができなかった。
 あいつからの電話かもしれないと思った期待と、あいつからの電話だったらどうするという不安の相反する感情があった。その二つともが、全く違う電話だったことで砕け散った。
「ああ、はい、今からでも大丈夫です、はい」
 何とか応対して電話を切ってから、俺はしばし呆然としていた。
 期待して損した。期待なんてするな。何を期待していた。何残念がってるんだ。相手が違って良かったじゃないか。
「何してんだろ、俺……」
 もう終わった相手からのメールで、何故こんなに心が乱されているのだろう。
 あいつに対して好きという感情がまだ残っているとでもいうのだろうか。確かに、あいつを嫌悪や憎悪はしていない。あんな別れ方をしたとはいえ、あいつが理由もなしに別れようと言い出す人間ではないと思っている。
 その見方は客観的過ぎるだろうか。 
 本当に単純な男なら嫌いになってしまうのだろうか。
 あの頃の俺は中途半端に頭が働いて、変なところで深読みしていたかもしれない。だから、あいつを嫌えていないだけかもしれない。
 好きか嫌いかのどちらかで選べと言われたら、迷ったとしてもきっと好きだと答える。今になっても、そう思う。
「……甘いのか、俺」
 あいつからのメールを見返して、呟く。
 ネット通販で頼んでいた品物を届ける配達員からの電話で、少しだけ頭が冷えた。
 俺は恐らく、あいつは何も変わっていないのだと思っていた。俺が俺でいるように、あいつもあいつのままなんだと思っていた。
 けれど、あいつの現在が俺の思い込んでいた現在と大きくズレていることに、俺は苛立っていたに違いない。
 あいつが婚約して、もう将来がある程度約束されていることが、俺は許せなかったのだ。今の俺は、あの頃よりも友人は増えた。けれど、未来を見通せてはいない。
 大学を卒業して、その後どうするのか。どこへ向かうのか。
 俺はまだ決まっていない。漠然とした希望はあっても、はっきりと決めてはいない。
 だから、すでにある程度先までの未来を手にしているあいつが羨ましく思っている。付き合っていた頃に話し合った未来と、今お互いがいる場所が全然違うから、苛立っている。
 ベッドに倒れ込んで、メールをもう一度読み直した。
 文面を見る限り、大学には入れたようだ。浪人したか、滑り止めで受かっていた大学に行ったかは分からない。そもそも、俺は滑り止めが受かっていたかどうか覚えていないから判断のしようがない。ただ、大学には行っていたようだ。
 ただ、もし俺と同じで大学二年目だとすれば、その時点で婚約というのは少し早過ぎる気がする。いろいろあった、という部分は表現が曖昧過ぎて明確な判断材料にはなりえない。
 誰にでも思い付くような推測をするなら、もう妊娠してしまっている、つまりいわゆるできちゃった婚に近い状況とも取れる。それなら、文面から漂う淡々とした雰囲気からも察せることが増えてくる。県内に戻らないということは、自分の家族との関わりを絶つとも取れる。
 俺の記憶に残るあいつの性格から推測できるのは、それぐらいだ。
 事実がどうかは分からない。実際はまったく違うかもしれない。送信相手がかつて別れた俺だからこそ、こんな雰囲気の文章になっているという見方だって十分できる。
「……やめよう」
 口に出して、呟いた。
 もう、あいつに関することであれこれ悩むのはやめよう。与えられた数少ない情報でいくら考えても、正解には辿り着けない。俺自身が納得する答えにも辿り着けない。
 いくら気になっても、知る術はもう手の届く範囲にはない。あの頃なら、本気で調べようと思えば真実を探り当てることだってできたかもしれない。けれど、なりふり構わずに調べようとはしなかった。
 あいつに失望したから、あいつへの信頼感が一気に褪めて、興味を失った。俺があいつから聞き出すことに拘っていたのも、あいつの口から説明させることを罰としたかったのかもしれない。
 だが、あいつは俺の知りたいことは何一つ言わなかった。
『そうか。婚約おめでとう。お幸せに』
 心にもないことを書いて、返信した。
 それから直ぐに、あいつとやりとりした計四通のメールをすべて削除した。電話帳に残っていたあいつのデータも捨てた。
 結局、何も解決はしなかった。
 俺の知りたいことは何一つ分からず、あいつはまた一方的に別れを告げただけだ。
 俺を振ったあの時と同じだ。
 あいつは謝って、それで気が済むのかもしれない。だが、俺の中に残った感情はいつも行き場を失くしている。あいつは自分のことしか見ていない。俺のことなんて気遣っていない。
 どの道、俺とはそりが合わなかっただろう。思い返してみれば、趣味や話題などで気が合いはしたが、俺に対して何かをしてくれたという印象はほとんど残っていない。
 そうやって、自分を正当化して冷静さを保とうとする俺自身にも無性に腹が立っていた。
 悲しいわけでも、辛いわけでも、憎いわけでもない。ただ、変に息苦しいような、理不尽な苛立ちだけが、もやがかかったように俺の思考を包み込んでいる。
 今の苛立ちの半分は、今更メールを送ってきたあいつに対するもので、もう半分はその感情を抱いた俺自身に対する苛立ちだ。
 苛立った思考がループして中々抜け出せない。
 あいつが大学に落ちて、連絡が途絶した時に終わっていれば、こんなに苛立つこともなかっただろう。あのままだったら、もう消化できていたかもしれないのに。
 きっと、感情を鎮めて行くのにはまた時間がかかる。
 ベッドに寝転がって天井を見つめていると、チャイムが鳴った。
 先ほどの通販商品の受け取りだろう。
 身を起こし、ベッドから立ち上がって玄関への短い距離を急いだ。
 あいつが辿り着く未来よりも、幸せだと思える未来に辿り着く。
 俺にできる復讐は、せめてそれぐらいかもしれない。
 答え合わせも、あいつに見せびらかすこともできないが、そんな結論を出して強引に区切りをつけることしかできない。
 自分に言い聞かせて、強引に思考の外へ追いやって、静かに受け止められるようになるまで歩き続けるしかない。
 結局、今の俺には、ただひたすらに生きていくことしかできないから。
 いつか、もう過ぎたことだと笑って受け止められると信じて。

後書き

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作者 白銀
投稿日:2009/12/10 03:33:19
更新日:2017/12/27 16:43:55
『フェージング・アウト -Fading Out-』の著作権は、すべて作者 白銀様に属します。
HP『Write IDEA

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