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創作は力なり(ロンバルディア大公国)


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作品ID:1852

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シロガネ⇔ストラグル

……そしてッッ!!

前の話 目次 次の話

 足音が、聞こえた。
 しかも大きい。小鳥の群れが怯えたように飛び立ってゆく。
 フィン・インペトゥスは眼を見開いた。幼い顔が、柳眉を引き締め、戦士のそれとなる。
 軽く地面から振動を感じるほどの足音だ。明らかにカイン人ではない。というかこれほど大きな音を立てられる大型動物などすでに生き残ってはいないはず。

「総員、〈哲学者の卵〉に戻るであります」

 すぐに戦術妖精たちは従った。
 特に危機感を覚えたわけではないが、この場所に関して情報が少なすぎる。臨戦態勢は整えておくべきだろう。
 大樹という障害物に囲まれたこの環境であれば、斬伐霊光(ロギゾマイ)は十全に機能する。戦術妖精たちを戦闘に参加させる必要はない。
 ともかく何がいるのか、そして何が起こっているのか確かめる必要がある。
 フィンはぐっと体をたわめると、異相圧縮された筋肉を瞬発させて垂直に跳躍。
 大樹の一番下の枝に着地する。そこからさらに枝から枝へと跳躍。届かない時は斬伐霊光(ロギゾマイ)を伸ばしてロープ代わりに使った。
 立体戦闘の訓練は、アルコロジー内部での防衛戦を想定して十全に積んでいる。高速かつ隠密的にフィンは音の源へと移動していった。

 ――これまで、危険を感じるようなことは何一つ起こらなかった。

 情景は美しく、神秘的で、本当に久しぶりにフィンは子供らしい好奇心に従って行動することができた。
 きっとあの足音の主も、のんびりと苔などを食む、温和な生物なのではないだろうか。

「きっとそうであります。近づいても怒らないかな?」

 いくつかの梢を抜け、フィンはついに、音の発生源を目の当たりにした。
 瞬間、フィンは凍りついた。
 そこに繰り広げられた光景は、少年の楽観的な想像を踏みにじるものだった。
 そしてある意味において、少年が非常に見慣れた光景であった。
 追う者と、追われる者がいる。
 圧倒的に力を持つ者が、武器を振りかざし、無力な者を追いかけている。
 その差は徐々に縮まってゆく。追いついたとき、何が起こるかなど、フィンは散々見慣れて思い知らされてきた。
 追う者は、明らかにセツ人ではない。かといってカイン人でもない。
 ひとつの頭を持ち、その下に一対の手を備え、一対の脚で大地を踏みしめている点では変わらない。
 だが明らかに体つきが違う。
 肩幅が身長とほぼ同じほどあり、両端から目を疑うほど太く長い腕が伸びている。
 隆々とした筋肉のうねりが浮き出た、緑色の肌であった。フィンの胴体を鷲掴みにできそうなほど巨大な手に、鋼材をそのまま削って作ったかのような粗雑なつくりの大戦斧を握りしめ、振り上げている。恐らく、腕をだらりと下げたら拳が地面に接触しかけることだろう。
 反面、下半身はずんぐりとしており、太く逞しい両脚は腕と比べるとずいぶん短い。
 そしてその顔もまた緑色であり、凶悪な光を帯びた真っ赤な眼が、小さく灯っている。
 鼻梁にあたるものはなく、大きな鼻腔がそのまま前方に空いていた。
 何より目を引くのが異常発達した下顎である。別の大型生物のものを無理矢理移植したとしか思えないほどのアンバランスなまでに巨大なアゴから、以前見せてもらった古典ヒーローコミックに登場する悪魔かなにかかと思うほど巨大な牙が上に向かって生えていた。
 その胴体は、鉄板を叩いて無理矢理体に合わせたとおぼしき鎧に覆われている。
 全身より荒々しい殺意を発散し、その生物はほどなく無力な追われる者に追いつこうとしていた。

「……っ」

 追われる側は、少なくともカイン人ではないようだ。目が覚めるほど艶やかな黄金の髪が、走行に合わせて慌ただしくうねっている。
 ゆったりとした、丈の長い服を着ていた。明らかに走るのに向いた格好とは言えない。
 何らかの祭祀服だろうか。白地に蒼色の複雑な紋様が描かれている。
 案の定――その人物は突き出た根に足を取られたのか、その場にへたり込んでしまう。

 ――追いつかれる。

 フィンは、喉を黒く冷たいもので塞がれるような感覚を味わった。

「ここも、なのか……」

 こんなにも綺麗で、豊かな場所なのに。
 こういうことは、起こってしまうのか。
 そうだ。束の間、忘れていただけなのだ。
 これが、現実なのだ。
 セツ人は、踏みにじられ、虐殺される。
 それが世の真理なのだ。

 ――ちちうえは、真理に食い殺された。

 顔が、引き歪む。
 心臓が握り潰されるような痛みが、胸の中で荒れ狂う。
 どうしてこんなに、苦しいことばかりなんだろう。どうしてこんなに、哀しいことばかりなんだろう。
 セツ人であるというのは、それほどまでの罪なのか。生きていちゃ、いけないのか。
 緑の巨大生物が、言語と思しき唸り声を発している。明らかに嘲弄の響きがあった。
 転んだ人物が、そのまま後ろを振り返った。フィンより少し年上の、幼さが抜けきらぬ少女であった。
 震える唇を噛み、きっと追っ手を睨みつけていた。
 屈していない。絶望していない。だがそれはなんと無意味で、儚い勇気だろうか。

 ――だからこそ。フィン、お前は……お前だけは、滅びゆく良き人々のそばに寄り添え。手を握り、最期まで一人ではないのだと囁きかけられる、優しき戦士となれ。軍規や、理屈や、しがらみに囚われず、牙なき人の明日のため、最後の希望でありつづけろ。

 涙を、振り払う。
 眦を決す。戦士の規律で、心を鎧う。

「牙なき人の、明日のために――!」

 〈哲学者の卵〉に錬成文字が浮かび上がり、過去最高の精度で銀糸が全方位に迸った。それは音速を遥かに超えた速度で展開し、対象を拘束する万全の陣を構築し終えた。
 緑の悪鬼の動きが、今まさに斧が振り下ろされようとしていた瞬間に止まった。
 大樹の幹や枝を迂回して殺到した斬伐霊光(ロギゾマイ)が、敵の全身に絡み付き、動きを封じたのだ。

「……っ!」

 途端、凄まじい負荷が糸全体にかかった。緑の悪鬼が、縛鎖を振りほどこうと滅茶苦茶に暴れているのだ。その膂力はカイン人とは比較にならない。
 一旦別の支点を経由していなければ、フィン自身も振り回されていたことだろう。
 慎重に糸の長さを調整しながら、フィンは地面に降り立った。
 少女は尻餅をついた姿勢のまま、蒼い眼を丸くしてこちらを見つめている。

「言葉が通じるとは思えないでありますが……」

 しかしフィンは油断なく敵手を見つめ、声をかける。

「武器を捨ててほしいであります。大人しく去るなら追わないであります」

 一応、これは知的生物ではあるようだし、いきなり事情も聞かずに排除するほどフィンは冷徹にはなれなかった。カイン人ではない、というだけで無闇に命を奪わない理由としては十分すぎる。
 だが――
 咆哮が轟き渡った。緑の生物は、狂乱じみた殺意と怒りを瞳に宿し、一層激しく暴れまわる。

「……ぐっ」

 斬伐霊光(ロギゾマイ)にもナノレベルの神経は通っており、切断時には損害を受けたことを知らせる電気信号が流れてくる。
 それは「痛み」とは異なる感覚だが、不快なものに変わりはない。

「大人しくするでありますっ!」

 さらに大量の銀糸が巨体に絡み付き、簀巻きにする。ほとんど視認は不可能な斬伐霊光(ロギゾマイ)だが、ここまで大量に積み重なると、銀の繭として見えるようになる。
 繭から丈夫な銀縄を形成し、大樹の枝にぶらさげた。確か図鑑で見たことがある。ミノムシというやつだ。

「そこでしばらく反省するでありますっ!」

 腰に手を当ててびしっと指差す。
 錬金登録兵装は、〈哲学者の卵〉によって全一性(ユニテ)から銀の要素を取り出すことで錬成されるものだ。しかし通常の物質と違って安定したものではないので、分解指令を出さずとも数時間経てば勝手に全一性(ユニテ)へと還ってゆく。灸をすえるにはいい時間だ。

「さて」

 フィンは、少女の方へ向き直る。
 尻餅をついた姿勢のまま、ぱちくりと眼を見開き、こちらを見つめている。

「えっと……お怪我はないでありますか?」

 驚かせないように、間合いを置いたまま問いかける。
 少女は一瞬呆然としたのち、ひとつ小さく頷いた。

 ――よかった。言葉が通じる。やっぱりセツ人だ。

 少女はゆっくりと立ち上がると、祭祀服についた落ち葉や苔の欠片を払う。落ち着いた動作の中に、匂い立つような気品を感じた。そのことにフィンは内心びっくりする。軍隊の中でがさつな男たちに囲まれて過ごしてきたフィンにとって、立ち上がるという些細な動作にここまで印象の違いが出てくること自体が想像だにしなかったことだった。おとぎ話に出てくるお姫様みたいだな、と思った。
 ともかく、セツの大義に身命を捧げた戦士の礼法に従い、フィンはその場で軍靴の踵を鳴らして敬礼した。

「小官はセツ防衛機構第八防疫軍第五十八師団第二連隊長付き特殊支援分隊長、フィン・インペトゥス准尉であります。あなたのお名前をうかがっでもよろしいでしょうか?」

 少女は、応えるように口を開いたが、一瞬眉をひそめる。口を閉じ、首を軽く傾げ、再び発声しようと口を開く。
 声は出てこなかった。空気が口から洩れるかすかな音だけが、風にかき消されていった。

 ――ああ。

 フィンは、痛ましい表情になるのをどうにかこらえた。極限状況による戦闘ストレス反応で言語障害を発症した事例は、フィンも聞いたことがある。
 彼女は、乗り越えられるのだろうか。

 ……と、思った瞬間。

 少女はぽん、と手を叩く。その顔には納得の表情が浮かんでいた。
 それから、こちらに目をやる。その視線には、何故か困惑の色がすっかり消え失せ、むしろ安心したような、申し訳ないような複雑な色合いがあった。
 しずしずと、こっちに歩み寄ってくる。
 そのさまにも、フィンは小さく衝撃を受ける。こんな風に歩く人がいるのか。こんな、誇りと敬意に満ちた、まるで雲の合間から差し込む光の道を歩むような、洗練された歩き方がありうるのか。少女の仕草ひとつひとつに、フィンは息を呑んだ。
 天使みたいな人だな、とも思った。
 そして近づいてくるにつれ、少女の半神的とも言える美しさが徐々に明らかになる。
 金髪が、光の王冠めいた艶を帯び、背中まで流れている。蒼い両眼の間で、前髪がバッテンを形作っていた。
 ぱっちりと巨きな碧眼は、瞳の部分がぼんやりと淡い光を宿している。一瞬目の錯覚かと思ったが、違う。わずかな光量であるものの、実際に発光している。水中から見る月光のような、何か底知れぬ神秘を湛えた光であった。
 そして――彼女はセツ人ではなかった。なぜならセツ人では決してありえぬ明らかな特徴があったのだから。
 耳が、剣の切っ先のように尖って、横に長く伸びていた。

 ――これは!?

 そんな人種など聞いたこともない。黒と紅の魔眼ではない以上、カイン人でないことは明白だが、しかし一体何者なのか。
 剥き出しになった細い両肩より、透けるように白い両腕が伸びている。ほとんど直射日光が射さぬこの太古の森に生きる民であることを物語っていた。
 上腕の中ほどからゆったりとした袖に包まれ、指先だけがちょんと外に出ている。
 その指が、そろりとこちらに伸びてきた。
 見ると、少女の優美な孤を描いていた眉が、何故か哀しい斜線になっている。
 フィンは一瞬、恐慌に囚われた。なにかこの人を悲しませるようなことをしてしまったのだろうか。だとしたらどうしよう。それはとてもよくないことだと、ごく素朴に考える。
 ぞくりとするほど美しい指先が、フィンの目元に触れ、優しく拭っていった。
 そして、桜色の薄い唇が、ないてるの? と声なく囁いた。小首を傾げ、金髪がさらりと揺れる。

「……あっ、いやっ、これはそのっ……」

 慌てて目をごしごしと拭う。頬が熱を帯びるのを感じる。初対面の人に涙を見られてしまった。軍人として恥ずべきことだ。

「な、なんでもないでありますっ。ご心配には及ばないでありますっ」

 彼女は眼をぱちくりと瞬かせたのち、困ったように微笑んだ。
 そしてちょいちょいと手招きをしてくる。

「……?」

 言われるままに一歩彼女へと近づく。やはり、こちらより少し年上のようだ。目線がフィンの額あたりにある。
 爽やかな草葉のような香りが彼女から漂ってきて、何かくすぐったいような、気恥ずかしいような気持になる。

 ――助けてくれて、ありがとう。

「ひゃっ!?」

 いきなり耳元で囁かれ、フィンの肩が跳ね上がる。

 ――そして歓迎します、異界の英雄よ。

 淀みのない無声音が、明瞭な言葉を紡ぐ。つまり彼女が喋れないのは、心的ストレス外傷などではなく、もっと別の理由らしい。
 と、その時。
 周囲の大樹に反響しながら、凄まじい咆哮が轟き渡った。
 それもひとつではない。あらゆる方向から、多数の絶叫が幾重にも交響している。

「仲間を、呼んだ!?」

 フィンは、ミノムシ状態にある緑の悪鬼を睨みつける。
 でっかい口を盛大に歪め、テメェらはもう終わりだよ、とでも言いたげな笑みを見せている。
 声から予想される数は、少なく見積もっても十体以上。殺さずに無力化できるような数ではない。
 即座に少女に向き直る。

「どこか安全な場所は!?」

 すっと腕が伸び、少女が走ってきた方角を指差す。

「では急ぐであります!」

 その手を取ると、フィンは駈け出した。

 ●

 黒神烈火はその後もパンツ一丁でテキトーに歩き回り、あぁー午後ティー飲みてえなぁモヒカン殺してえなぁパイオツ揉みしだきてえなぁーとグチグチグチグチ言いながら鼻ほじってたところ、ついに念願の第一村人的なサムシングと遭遇することが叶ったのであった。
 すわ美少女か! 酒池肉林か!
 鼻息も荒く待ち構える烈火の前に現れたのは、

「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」

 緑の肌! クソでかい顎! 長い牙! 赤く充血した眼! 長く逞しい両腕! ずんぐりとした下半身! なんか全体的にはゴリラみてーなフォルムをしたよくわからん生き物だった! 違うのはゴリラより遥かに肩幅がでかいという点である!

「……はあ?」

 こめかみに怒りマークを浮かび上がらせながら、烈火はクソでか溜息をつく!

「ナメてんの? ねえナメてんのお前? 誰がオーク出せっつったよコラァ! 美少女かと思った? 残念! オークちゃんでした~! キレるぞさすがに! しかもファンタジー界の汁男優として名高い豚面オーク様じゃなくて欧米仕様のガチオークじゃねえか破壊と殺戮のことしか興味ない感じの!! ザけてんのか空気嫁や俺の愛と肉欲と酒池肉林異世界ライフにてめーらみてーなブサイクなのはいらねーんだよコラてめえファックオフてめえコラ聞いてんのかあぁんコラ!?」

 とかまくし立ててる顔面に、斧の一撃が叩き込まれた。
 黒神烈火、頭蓋を砕かれここに死す! というようなことにはならず、むしろ砕け散ったのは斧のほうだった!

「だからナメてんの? 刃物ごときでこの超天才が殺れるわけねーだろコラァ!!」

 爆速踏み込み! 爆速正拳! シンプルながらその運動エネルギーは天文学的な数値に達し、オーク(仮)はその場で砕け散った……どころの話ではなくプラズマ化して蒸発した!! 肉片すら残らなかった! 命中した瞬間に発生した暴力的な風圧が周囲の枝や葉を折れよとばかりにざわつかせ、怯えた小動物たちが一斉に逃げ散ってゆく!
 恐るべきことに烈火にとっては今の一撃など必殺技でもなんでもなく、ボタン一発で出る通常攻撃なのであった!

「おぉーっと世紀末ストレスがけっこう減ったぞこれ! まぁオークもモヒカンもやってることは大差ねえしな!!」

 と、そこで烈火あることに気づく。
 さっきのオーク、モヒカン化してなかった。常人よりは明らかに強かったが、モヒカン化を免れるほどのものではなかったはずなのだが。

「んんー?」

 これはどういうことなのか知らん、と柄にもなく思案。
 そういえば元の世界でも犬とか猫とかはモヒカンに見えなかった。つまり人型を明らかに逸脱するフォルムの生物はモヒカン化の適応対象外らしい。さもなくばビジュアル的に矛盾が生じるしな。こいつらも一応直立二足歩行してはいるが、体つきがどう考えても人間離れしている。
 と、我ながら筋の通った考察にぽん、と手を打っていると、

「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」「グルアアアアアァァァァァァッッ!!」

 とクソうっせえ奴らが大樹の陰からなんかいっぱい出てきて斧を振りかざし殺意も露わに突進してくる!!
 烈火、再びクソでか溜息!!
 そして三白眼が凶悪な色を帯びる!!

「美少女出せっつってんだろうがアアアアアァァァァァァ殺すぞテメェらアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 爆速ダッシュ!! 暴風を伴いながら、世紀末伝承者がオークの群れに飛び込んだ!!

 ●

「美少女出せっつってんだろうがアアアアアァァァァァァ殺すぞテメェらアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 よく意味の分からない大喝が轟き渡った。

「っ!?」

 フィンは足を止める。
 さらに、爆音が轟いた。
 しかも連続している。
 次いで、金髪碧眼の少女も足を止める。こちらはかなり息が上がっていた。
 緑の悪鬼どもの咆哮と同時に、まるで[機関砲の連射速度で迫撃砲が撃ち込まれている]ような、壮絶な爆音の連続が響いてくる。

 ――なんだ!?

 そんなとんでもない兵器など、フィンは聞いたこともない。
 やがて、ほどなく音は止む。緑の悪鬼の声も、まったく聞こえなくなった。
 これはつまり、何者かが非常に強力な火器をもって悪鬼たちを攻撃し、たった今殲滅し終わったということであろうか。
 少女を見やるが、不安げに首を振るばかりであった。彼女も聞いたことのない音だったようだ。物言わぬ戦術妖精たちと普段からコミュニケーションをとっているので、こういうことを察するのは慣れている。
 ともかく状況を確認する必要があった。
 一瞬、少女も連れて行くべきか迷ったが、どこに緑の悪鬼が潜んでいるかわからないので、傍を離れるのは危険だろうと判断する。

「敵の敵は味方……かどうかはわからないでありますが、樹の陰に隠れながら進むであります」

 こくこく、と少女は頷いた。
 そして射線が極力通らないようなコースで慎重に森を進み、ついには爆音の現場に到着した。
 そこには、黒髪の男が一人だけ立っていた。
 むくつけき軍人どもと寝食を共にしてきたフィンですら感嘆の念を覚えるほどの見事なマッソォの持ち主であった。
 芸術性と実用性を最高レベルで兼ね備えた、まさに神の宿りし肉体。
 そしてなぜかパンツ一丁だった。水玉模様だった。
 半眼で呆けるフィン。

 ――何……あの……何?

 正体云々以前に、意味がまったく分からなかった。
 男はコキコキと首を鳴らし、

「ふぃ~、まぁこれでしばらくは大丈夫かね。賢者モード発動ッッ!!」

 と、これまた意味の良くわからないことを言った。あと無意味にマッスルポーズをとっていた。
 パンツ一丁で。
 そして――

「……っ」

 フィンは息を呑む。
 男の足元には、緑の悪鬼の、残骸が転がっていた。
 いや、残骸と言うほど残ってもいない。手足の先端部分が、わずかに現存し、そこかしこに散乱しているだけだ。
 その数を数えれば、どう考えても二ケタ以上がここで死んだことになる。

 ――あの人が、やった……!?

 にわかに幼い眉目が険しくなる。いかに対話が不可能とはいえ、それにいかに殺意剥き出しで向かってくるとはいえ、知的生命の命をここまで何のためらいもなく奪うことができる。そういう精神の持ち主なのだ。
 どうする? 接触を試みるか? 危険ではないか? このまま立ち去った方が無難では? しかしそもそも本当に彼がやったのか? 見た所、武器など何も持っていないが、一体どうやって? ことを構えた場合、勝算はあるか? 殺さずに無力化することは?
 考えはぐるぐると廻るが、まとまらない。思えば決断に類することはすべてアバツ・インペトゥスにまかせっきりだった。ちちうえの言うことさえ聞いていればよかったのだ。こめかみに汗が浮かぶ。
 ……と。
 すぐ後ろにいた少女が、なぜか唐突に大樹の影から出て、男の方にトテトテと歩み始めたのだ。

「あっ、あぶないでありますっ」

 思わず、そう声をかけてしまった。物も言わずに引っ張り戻せばよかったのに。

「んー?」

 男がこちらに振りかえる。気づかれてしまった。
 まだ若い。野性的な顔容だ。三白眼は迫力があるが、なんというか良くも悪くも表裏がまったくなさそうなご面相である。

「……っ」

 フィンは反射的に少女の前に陣取り、背後に庇う。

「しょ、小官はセツ防衛機構第八防疫軍第五十八師団第二連隊長付き特殊支援分隊長、フィン・インペトゥス准尉でありますっ! あなたは何者でありますか!?」
「俺は天才だァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
「何だこの人ー!?」

 これが、『主人公』フィン・インペトゥスと『主人公』黒神烈火との、本来ありえざる出会いであった。

 ●

 リーネ・シュネービッチェンは、肩で息をしながら神統器(レガリア)〈異薔薇の姫君(シュネービッチェン)〉を両手で支えた。
 幽骨製の魔導甲冑も、着装者の魔力の消耗を受けて輝きが鈍くなってきている。
 彼女の足元には、〈異薔薇の姫君(シュネービッチェン)〉の巨大な刃によって両断されたオークの死骸が、一見しただけでは数を察せないほど多く積みあがっていた。
 だが、残るオークはそれ以上。いまだ戦意は旺盛。こちらの頭蓋に斧を叩き込み、全身をぐちゃぐちゃになるまで鉄靴で踏みつけまくる意志は硬いようだ。
 巨大な口を全開にして、威嚇の咆哮を放ちながらこちらの隙を伺っている。

 ――やれやれ、存外に私も捨てたものではないな。

 エルフ族よりも遥かに頑強で、膂力に優れ、何より恐れを知らぬ戦闘種族たるオークを相手に、孤軍奮闘ここまで戦い抜いた。
 瞬間的に刃の質量を増加させる力を持ったハルバード、〈異薔薇の姫君(シュネービッチェン)〉がなければ、正直十体も葬れていたか怪しいものだ。それでもまぁ、この大立ち回りだ。シャーリィ殿下さえ生き残ってくだされば、オブスキュアの史書に名前が残ってもおかしくない武功となるだろう。

 ――殿下。

 リーネの顔に、穏やかな笑顔が灯る。

「あなたの騎士は、騎士としての本分を全うします。どうか、王国を頼みます。我が君よ」

 柔らかに揺れる金髪と、すべてを包み込むような碧眼が、思い起こされる。楚々とした可憐な容貌ながら、その一挙手一投足に大義と慈悲が宿る、あの姫君のことを。紛れもなく彼女は大樹のごとき器であり、あの小柄な姿を前にすると、リーネは己の矮小さを恥じ入るばかりであった。彼女は、自分が死んだら、泣いてくれるだろうか。もうしそうでなくとも、リーネはシャーリィ殿下のために命を捨てることに躊躇いは全くなかった。
 どこか誇り高い気持ちで、いまだ数十体は下らぬ緑と鋼鉄の大群を見やる。
 心機を臨戦させ、長く伸びた両耳をぺたりと寝かせる。

「さぁ――死にたい者からかかってくるがいい! 我が名はリーネ・シュネービッチェン! この首を獲れる猛者はいるか!」

 ヴン、と唸りを上げて〈異薔薇の姫君(シュネービッチェン)〉を大きく旋回させ、構え直す。あまりに大きく、重く実った乳房が、ふるん、と揺れる。こんな状況でも実に落ち着き払った挙動を取る自分の胸乳(むなち)に、苦笑とともに頼もしい思いを抱く。

 ――さて、最後の戦働きをしてもらうぞ、我が相棒どの。

 リーネ専用に調整された幽骨製の魔導甲冑は、全身を堅牢に護っているが、胸の部分だけは大きな楕円形の穴が開き、平服に包まれた彼女の特大の乳房が飛び出るに任せていた。これは別に女の武器をどうこうというような色っぽい理由ではない。リーネの胸は正面から見ると脇を完全に隠し、ほとんど両肩幅に届こうかと言う壮絶な大きさである。これを完全に覆い尽くす胸甲を装着した場合、両腕の可動範囲と干渉しまくるのだ。戦いにくいことこの上ない。
 だが、この男の目を引かずにはおかない戦装束には、もっと積極的な理由があった。

 ――左!

 ザン、と地面を蹴る音に反応し、リーネは左に旋回しながら神統器(レガリア)を振るう。
 視界に入ったオークは、耳障りな絶叫とともに戦斧を斜めに振り下ろしてくるところであった。
 相手の攻撃の方が先に命中するタイミングだ。今すぐ攻撃動作を止め、倒れ込むように回避しなくてはならないだろう。
 だがリーネにはもう一つの選択肢があった。
 まず旋回動作を継続しながら自らの爆乳に魔力を通し、両乳房が左右にひとりでに開くように操作。直後に右乳を思い切り左方向へ振るう。
 武の神髄とは、つまるところ重心の移動と武具の軌道を一致させることに他ならない。片乳だけで人間の頭より大いなるサイズを誇る彼女の乳房は、すなわち質量の塊であり、体全体の重心に大きな影響を与える。無論、普通の女戦士であればどれほど豊かな胸を持とうが、それを重心制御に使うなど不可能であったが、シュネービッチェン家は代々魔力による身体能力のブーストを非常に得手とする血筋であり、リーネ自身もその才能を色濃く受け継いでいた。
 手も触れずに乳房を動かし、もって自らの運体を調整、時には加速すらしてのける。

「おォ――!」

 重心変化。旋回加速。その細腕に魔力がみなぎり、超重量化した巨刃がオークの胴へカウンター気味に叩き込まれる。
 ずん、と重い手ごたえ。直後にばらり、とほどける感触。
 衣服の中で、ぺちん、と左右の乳房がぶつかり合う音がした瞬間には、すでにリーネはハルバードを振り抜いていた。
 〈異薔薇の姫君(シュネービッチェン)〉が鮮血の尾を引き、どさりと倒れる音が背後で響く。
 リーネは旋回を止め、残心。自らの戦功を誇るように、豊乳がたぷるん、と揺れた。

「甘いな。我が首を、獲りたい、なら、複数で一斉に来い!」

 切れ長の両目を鋭く細め、不敵に笑う。
 だが、さきの一閃でさらに魔力を消耗した。もう幾ばくも持つまい。息が上がる。
 リーネの挑発を理解したわけではないだろうが、次は三体同時に来た。
 正面。右。左後方。
 左脇から石突を後方に突き出し、一体を吹き飛ばす。次に両乳を開閉して加速旋回し、右のオークに〈異薔薇の姫君(シュネービッチェン)〉を叩き込む。吹き上がる紅い飛沫。胸元でぺちん。
 その勢いのまま刃を地面に叩き込み、手首を捻って苔と土を巻き上げる。思わず眼をかばった正面の一体に突撃し、大上段からの乳加速の乗った一撃で両断。頭蓋と脊髄を尽く斬り潰した感触が、柄ごしに伝わる。両乳房が仲良く何度も頷いた。

「はぁ……っ。はぁ……っ」

 脂汗が浮かび上がる。体力魔力共に限界であった。膝をつきかけるのを気力だけでこらえる。
 すぐ後方で絶叫。視界が陰る。

「ぐっ……!」

 石突で吹き飛ばしたと思っていたが、一瞬ひるませただけだったようだ。
 即座に振り返ろうとするが、間に合わない――!

 ――ここまでか!

「あゝ、そこな女性(にょしょう)、お邪魔でなければ二つほどお尋ねしたい儀があるのだが。」

 唐突に。
 それは本当に唐突に。
 涼やかな青年の声が聞こえてきた。
 直後、何の魔法か、背後から襲いかかってきていたオークが回転しながら宙を舞い、離れた地面に叩きつけられていた。

「なっ……!?」

 瞠目する。声のした方へ頭を向ける。
 そこには。
 黒衣の青年が、悠然と佇んでいた。エルフではなく、人族のようだった。オブスキュアではまったく見覚えのない、奇妙な意匠の服だ。衣服の前を金属の釦で留めるなど、聖樹信仰に帰依した者ならば決して考えまい。しかし同時に技巧が凝らされ、洗練された気風も感ずる。頭にはこじんまりとした黒帽子を乗せ、肩にマントを引っかけていた。
 奇妙な格好だ。そして異様に似合っている。
 いつの間に。どうやって。
 これでも戦場の音には敏感に注意を払うタチだが、この青年がどこからどうやって現れたのか、まったく察することができなかった。
 それはオークたちも同様だったようだ。困惑した唸りを漏らしながら、こちらを睨んでいる。

「ひとつめ。実は小生、その、いろ/\と事情があってな。道に迷ってゐたところなのである。ここの地名と、できれば最寄りの人里がどちらにあるかを教えていただけるとありがたい。」
「あ……え……?」

 二の句が継げず、口をぱくぱくするリーネ。

「ふむ、小生の言葉はわかるかね? 言葉が通じないとなるとなか/\やっかいであるが――」
「わ、かる、が……」
「よろしい。では二つ目の質問である。」

 そこで初めて、リーネは青年の顔が夜の湖面に浮かぶ月のごとき幽玄なる美を湛えていることに気づき、百七十二歳の年頃の娘らしく胸が一瞬高鳴るのを感じた。これほどの美貌は、リーネたちエルフの中でもなかなかいるまい。
 そして、彼は言った。

「――助太刀は、必要かね?」

 彼は、穏やかに相好を崩した。どこか牧歌的な、野に咲く小さな花のようなその微笑みを前にすると、一瞬胸をざわめかせた動揺は急速に落着きはじめる。温かい飲み物を飲んでほっと一息つくような、肩の力が抜けるような安心感が、疲労と打ち身で消耗しきった全身に染み入ってきた。へなへなとへたりこみそうになる。

「あ……」

 この青年の素性も実力もわからないのに軽率だ、という常識的思考が働くより前に、リーネは力なく頷いていた。

「す、すまない……助けてほしい……」
「心得た。今までよく頑張ったな。そこで休んでいたまえ。」

 穏やかな労りの言葉に、リーネはついうっかり力が抜け、尻餅をついてしまうのだった。
 敵の目前で何を呑気な、と思う。思うのだが、それ以上に、あぁ、これはもう大丈夫だ、と、強い確信が湧くのだ。
 青年は懐より一枚の札を取り出した。何やら見たこともない文字が書き込まれている。
 手首を利かせて札を打ち振るうと――それは一振りの刀剣に変じ、青年の手の中に納まった。
 それは、なんと形容すればいいのか。ロギュネソス帝国の一属州には、シャムシールなる曲刀を使う民族もいると聞くが、それらとは明らかに趣が異なる。
 なにしろ細身に過ぎる。あんな華奢な刀身では、オークの戦斧と一合打ち合っただけで折れてしまうだろう。
 そうであるにも関わらず、リーネはその武器から異様な寒気を感じた。凝縮され、煮凝らされた、殺意と技巧と美意識の融合物。リーネがまったく想像だにしない原理思想のもとで鍛えられた、「合理的に命を奪うことに特化した芸術」という矛盾。

「我が撃刀(たちかき)は斬魔の法(のり)なれば――」

 低く、青年は囁く。
 空気が冷たく引き絞られ、張り詰める。

「――お前たちを人でも神でも妖(あやかし)でもなく、断つべき魔と認識した。」

 親指で鍔を押し上げ、もう一方の手でゆっくりと引き抜く。
 瞬間、鍔元に備え付けられた自鳴琴(オルゴール)じみた装置と、引き抜かれた刀身とが干渉し、殷々とした調べが漂い始める。
 刀身が震え、美しい音色を奏でているのだ。

「武器を捨て、即刻去るならば追わぬが――そんな話が通じる相手でもなさそうであるな。」

 美しくも凄絶な笑みを浮かべ、青年は殷々と震える刀を白く優美な指先で爪弾いた。
 音階が調律され、少し低いものに変わる。
 彼の研ぎ澄まされた戦意に当てられたのか、オークたちは次々と咆哮を上げ、飛びかかってきた。

「安息せよ。苦痛などない。」

 そう、優しげな囁きをその場に残し――

 ――青年は、掻き消えた。

 リーネの尖った耳を、透明で哀しい、ひとくさりの旋律が撫でていった。朧にしか見えない閃光が、致死の孤月を描いては消え、描いては消え、場所と角度を多彩に変えながら絢爛に咲いて散る。そのたびに旋律に変化が起こり、リーネは思わず感嘆の吐息を漏らす。
 夢のような一瞬が過ぎ去った。
 かちり、とすぐ隣で鍔鳴りの音がする。同時に大気を満たしていた楽曲は消え去り――オークたちが、次々とその場に倒れていった。
 かっと眼を見開いたまま、地に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。
 明らかに死んでいる。だが、血など一滴も零れてはいない。
 不可解極まる死に様だ。

「い、今……なにをされた……?」
「うん?」

 刹那の大立ちまわりの後、いつの間にかリーネのすぐ隣に戻ってきていた青年は、福々と暖かい微笑を浮かべた。

「[心臓だけ斬った]。」
「なっ……!?」

 一瞬、言葉の意味を理解しかねた。
 青年は、鞘に収まった刀剣を軽く打ち振るうと、札の形に戻した。
 懐に収める。

「小生、生粋のシテヰボオヰゆえに、制服が血で穢れるのは好まぬ。」

 リーネは、戦慄した。

 ●

「がーははははは!! どーだガキども! この俺様の天才パーフェクト腹筋は!!!」
「ほあー、カッチカチであります」

 フィンの感嘆に、隣の金髪碧眼の少女もうんうんと同意する。
 何故か二人で烈火のバッキバキに割れた腹筋をペタペタ触っているのだった。

 ……最初の邂逅から数分。パンツ一丁の男は「超・天・才!」という枕詞を何度も付けながらクロガミ・レッカと名乗った。そこで三人、お互いに名乗り合い、少女の名もシャーリィ・ジュード・オブスキュアであると判明したのは良いのだが、それぞれの事情を話し合おうかというところで何故か彼女はレッカの腹筋にしきりに興味を示し始めた。「おーん? 俺様のアルティメットマッシヴボデーに興味を示すとはガキの割に見る目があるじゃねえか。触るか? おん?」などと微妙にセクハラくさいことを言いだすレッカもレッカだが、眼を輝かせて頷いたシャーリィもちょっと変な人だなとフィンは思った。

 しかし実際見事な腹筋である。鋼のごとく鍛え抜かれた筋骨の集合体は、同じ男として素直に憧憬の念を覚える完成度だった。

「レッカどのレッカどの。一体どうやってこんな見事な肉体を作り上げたのでありますか。後学のためにうかがいたいであります」
「あん? そりゃおめー超食って超動けばこうなるだろ」
「そーなのかー。小官もちょう食べてちょう動いてレッカどののような立派な体になるであります!」

 脇の前で両のこぶしを握りしめ、フィンは眼を輝かせた。

「がはは、どんなに頑張っても俺の次ぐれーだろーがな!」

 一方シャーリィは、レッカの背後に回り込んで思い切り背伸びをし、広背筋に手を伸ばしている。
 ぺちぺち、さわさわ。

「んー、しかしおめー……」

 肩越しに背後のシャーリィを見下ろし、しばし思案するレッカ。

「五年……いや三年ぐらいはえーなぁオイ。惜しいところだが……烈火くん残念ながらロリは駄目なのよねロリは」

 と、フィンにはよく意味の分からないことを呟き、

「……あれ? そういやこいつらモヒカン化してねーな」

 と、これまたよくわからない独り言を言って首をひねった。

「これはまさかアレですかな? この世界ではモヒカンフィルターがなくなるとかそういうアレですかな? オーゥ、マージデースカァー? もうこれ酒池肉林しかないでしょうこれ!! 神は言っている。この地にハーレムを築けと!! ウッホついにわが世の春がきたァァァァァッッ!!」
「もひかんふぃるたあ? はーれむ?」

 ?マークが三つぐらい頭上に浮かび上がるフィン。
 と、そこへレッカの筋肉を堪能し終えたシャーリィが寄ってきた。
 ちょいちょいと軍服の袖を引っ張られる。

「どうしたでありますか?」

 半神的な美貌の少女は、花が綻ぶようにニッコリと笑うと、

 ――フィンくんも、おなか、見せて?

 と、衝撃的な耳打ちをしてきた。

「…………え」

 ――腹筋、見せて、さわらせて?

「いやいやいやいやいや! それは勘弁してほしいであります!」

 頬を紅潮させて一歩飛び退るフィン。思わず両腕でおなかを庇う。
 彼女はややはしたなく頬を膨らませると、指をワキワキさせてよいではないかよいではないかと迫ってきた。

「うわああっ、許してほしいであります~!」

 思わずレッカの方を見ると「ぎゃははははは!! そーだな俺だけ見せんのは不公平だよなオラ見せつけてやれよテメーのハイパーマッスルボデー(笑)をよ!! プークスクスクス」ぜんぜん助けてくれそうにない。
 フィンはシャーリィに追い掛け回されて、バター化するトラのごとくレッカの周囲を逃げ回った。
 が、日常的に過酷な行軍を繰り返してきたフィンに持久力で敵うはずもなく、息を上がらせたシャーリィはむくれた表情で再びレッカの腹筋を触り始めるのであった。

「え、ええと、それでですね。そろそろ各々の事情をですね……」

 ぷいっ、とそっぽを向くシャーリィ。おなか触らせてくれないなら話進めてあげない、とでも言いたげなリアクションだった。

「ふんぬッ!! ふんぬッ!!」

 そしてレッカは腹筋に力を込めたりぴくぴくさせたりしているのであった。

 ――なんかもう、なんだこの人たち。

 フィンは、どっと押し寄せる脱力感に屈しそうになった。

 ●

「それでですね。シャーリィ殿下はとても慈悲深く、礼節を弁え、御母君をよく立て、私のような者にも気軽にお声をかけてくださり、常にオブスキュア王国のことを案じられ、しかも神々しさすら感じさせるほどに厳かでお美しく、オブスキュア王家に伝わる数々の魔法奥義を諳んじられ、まだ私の肩ほどの背丈もないほどお小さいのにその胸に秘められた気宇と誇りと優しさは到底私のおよぶところではない、それはもう素晴らしい御方でしてね」
「う、うむ。」
「あの御方に幼き時分からお仕えできたのは我が生涯で今のところ最大の喜びでしたよ。護衛役兼、お傍居役として推挙してくれたわが父にはいまだに頭が上がりませぬ」
「ふむ、姉妹同然の間柄であったと。」
「まさか! 畏れ多いことです。殿下に比べれば私なぞ武芸しか取り柄のない不調法者に過ぎません。とうてい吊り合いませんよ。いっぱしに姉面など、とてもとても……」

 と言いつつ赤くなった両頬を抑えて首を振るリーネ。
 三つ編みにされた髪が、左右のこめかみから垂れ下がり、揺れている。その色は黎明のような青紫だ。
 後頭部の髪はポニーテールにして纏められており、こちらも連動して揺れている。
 こうして見ると仕草は年端もいかぬ娘でしかないが、視界の下限でふるふると揺れる無様な脂肪の塊が存在を主張するたびに、総十郎の胸中には憐みの感情が満ち、ひそかに重いため息をつくのであった。

「とにかく! そのような素晴らしい御方ですので、是が非でもお守りせねばならないのです! それに、殿下はソージューローどのをこの世界に召喚された御方でもあります。どうか、お会いになっていただきたいのです!」
「うむ、小生としてもなぜ召喚されたのかは是非とも知りたいところである。あなたから直接聞いても良かろうが、ま、筋を通すとしようか。」
「恐縮です。では急ぎましょう。オークに絡まれていないとも限りません」

 ということで、総十郎は女騎士リーネに先導され、深き神秘の森の中を進んでゆく。
 飛び出す根っこや倒木などによって起伏に呼んだ地形であったが、リーネの身のこなしは淀みなく、総十郎の想像以上の速度で森の中を突き進んでゆく。明らかに、こういう場所を日常生活の場にした者でしかありえない滑らかな行軍であった。
 騎士、というと、平原で馬を駆って敵陣に突っ込んでゆく貴族階級、という理解であったが、この世界では相当に様子が異なるらしい。

「この森だが……オブスキュア王国では何と呼ばれてゐるのだ?」
「え? それは、どういう……?」
「うん? この森の名称を訪ねたのであるが……」

 一瞬、きょとんとしたリーネだったが、一瞬遅れて何かを得心したようだった。

「あぁ、なるほど。ソージューローどのは平原の方なのですね。ええと、つまり、ソージューローどのの故郷は、基本的に人々は平原部に定住し、森の中にはよほどの理由がない限り入って行かないと。そういう暮らしをされていたのですね。だから、それぞれの森に固有の名前をつけるのが当たり前であると」
「あゝ、うむ、そうであるな。」
「オブスキュアの生活様式は、まったく異なります。我らにとって、この森こそがオブスキュア王国なのです」
「つまり国土がすべて森林であると。」
「はい。我らの始祖は、神代の大樹の果実から生まれてきました。いわば森の継嗣なのです。ゆえに森の恵みには困りませんし、他国民であれば享受できないさまざまな加護を授かっています。この、幽骨の甲冑などもそのひとつですね」

 リーネは首元に手をやる。そこにはぼんやりと輝く生物的な意匠のチョーカーが付けられていた。
 オークの群集をことごとく屠ったのち、彼女は甲冑を一瞬で脱いだ。念じるだけで、彼女の全身を護っていた鎧は編み物か何かのごとくほどけ、不定形の奔流と化して彼女の首元に集まり、チョーカーとなったのだ。恐らく、装着するときも一瞬であろう。
 というわけで現在リーネは平服姿である。体にぴったりとした革のレギンスをはき、裾の長い紅色のコオトを身に着けている。くびれた腰と、胸のすぐ下の部分にベルトを巻いていた。コオトは明らかに麻ではなく絹だ。貴族らしい滑らかな仕立てであり、オブスキュア王国の紡績・機織技術の高さが窺える。
 しかし、平地での農業を基盤とした生産能力に頼らず、ここまで華麗な衣服を用意できるものなのだろうか?

 ――輸入か? それともこれも「加護」とやらの一端か?

 まぁいずれにせよ、いきなり根掘り葉掘り聞くのはあまり品がない。

「興味深いな。是非ともオブスキュアの人々の一般的な暮らしというものを見てみたいものだ。」
「はは、お気に召していただけるかはわかりませんが」

 ――しかしそれにしても、だ。

 腰のベルトは良い。それは普通の使い方だ。しかしなんでわざわざ胸の下にベルトなど巻くのか。あれのせいでただでさえ無様な胸の輪郭がぴっちりと浮かび上がってしまっている。美観を損ねることこの上ない。頭痛がしてきた。いや異世界の服飾文化に物申すなど不毛の極みなのは承知しているが、それにしても不可解なセンスである。
 と、ここで総十郎、リーネ・シュネービッチェンがベルトを身に付けなかった場合の姿を想像してみる。

「……!」

 疑問はあっという間に氷解した。

 ――でぶに見える!

 そう、胸の頂点からストーンと垂直に服が垂れ下がるため、傍目には肥満以外の何物でもないのだ。
 なるほどそれでは仕方ない。今までも胸の大きい女性ほど体にぴったりした服を着がちなことが非常に不可解であったが、なるほどそういうことであったか。胸が無様に育っているという美的なハンデを、それでも乗り越えるための涙ぐましい取捨選択であったのだ。

「リーネどの。」
「はい?」
「強く生きられよ。小生は貴女を心から応援する。」
「え……? あ、ありがとうございます……?」

 そうこうしているうちに、総十郎は森に満ちる精霊力の流れが、乱れ始めていることに気づいた。
 萃星気とはいささか勝手が異なるが、この世界を動かす「精霊力」なるエネルギーの制御・感知について、総十郎はこのわずかな時間でほぼマスターしつつあった。この力にはごく単純ながら「意志」や「好み」が存在しており、行使者の精神状態に如実に影響を受ける。
 その流れの変化から、結構近くに人間がいることを推察したのだ。

「そのシャーリィ殿下かどうかはわからぬが、前方に人間がゐるな。精霊力の流れが磁場のように歪んでおる。」
「わ、わかるのですか!?」
「コツは掴んだ。ま、なんとかなるであろう」
「おぉ……」

 さすがは異界の英雄どの……と目をキラキラさせている。総十郎は肩をすくめた。どうもこの女性(にょしょう)は大変にまっすぐとした素直な心根の持ち主のようだ。内心苦笑する。同じではないものの、精霊力は萃星気に慣れ親しんだ人間ならばそれほど違和感なく扱うことができる。要するに予習をしていただけであり、そこまで感心するほどのことではない。
 やがて、視界が開けた。

 ……そこには、なんか、変な三人組がいた。

 具体的には、パンツ一丁の筋肉男に二人の子供が群がって腹筋をぺたぺた触っているという、咄嗟にはどう判断したらいいのかわからない状況であった。

「とりあえず、事案であるな。」

 総十郎はしみじみとうなずく。

「うきゃああああ!! お、おとっ、は、裸……!」

 真っ赤になって顔を覆うリーネ。

「裸であるなぁ。して、あの金髪碧眼の少女がシャーリィ殿下であるか?」
「えっ? で、殿下……?」

 指の間から恐る恐る覗いている。やがて、腕から力が抜け、だらりと垂れ下がった。
 呆然としている。パンツ一丁の変態のことはとりあえず意識の脇に置いておくことにしたようだ。

「いかがした?」
「で、」
「で?」
「殿下が変な趣味に目覚めてるぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 白目の下に黒い線が何本も伸びた。
 ふらりと倒れかけるも、踏みとどまった。

「い、いけません殿下! そのような、は、破廉恥な!! い、いやわたしだって殿方の腹筋に興味がないと言ったらウソになりますが……いやいやいや駄目です! 殿下のお年でそそそんな、早すぎます! いやらしいですっ! 破廉恥ですっ!」
「うむ、本人に直接奏上してはいかがかな。」
「でんかああああああああ!!」

 言われるまでもなくリーネは駈け出して行った。
 総十郎は、のんびりと後を追った。


 システムメッセージ:サブキャラ名鑑が更新されました。

◆銀◆サブキャラ名鑑#1【シャーリィ・ジュード・オブスキュア】◆戦◆
 百四十三歳 女 戦闘能力評価:F-(ただし召喚した英雄を「自身の能力の一端」と捉えるならS以上)
 金髪碧眼。半神的な気品と立ち振る舞い。無口不思議っ娘。
 森エルフ。オブスキュア王国の第三王女。王家に稀に生まれる先祖がえりで、英雄召喚の秘儀を使える。責務を尊重し、情け深く、広い視野を持つ貴種の鑑。覚悟決まってる系女子。主人公トリオを召喚する代償に声を喪った。ただでさえ天使な姫が声を喪うことにより儚さが重点されマジ天使となった。他者から必要とされることに強い執着をもち、それが自身を省みない危うさとして表出している。おっとりした見た目に似合わず、非常に行動的で物怖じしない。目を離すとすぐどっか行っちゃう。ただひとりガチシリアスな鬱作品から来たフィンの苦悩と悲しみをそれとなく察する。Bカップ。

 所持補正

・『カリスマ』 自己完結系 影響度:B
 理屈では説明しがたい威厳。シャーリィと相対した者は、言葉にできない荘厳な感銘を受け、彼女に従いたくなる。広い視野と高い志と深い寛容さを併せ持った者のみが到達しうる境地。しかし、か弱い容姿ゆえに影響度は下がっている。なんだかんだ言って頼りになりそうな奴について行きたいのが人間である。

・『■■■■』 因果干渉系 影響度:■
 ちょっとした■■をしてしまうさだめ。シャーリィと■■■■の■■になった■の■でのみ■■する。シャーリィは■■になる。■■■■が■■する。■■は■■■■する。

・『■■■が■■■を■■■■』 世界変革系 影響度:■■■■
 ■えぬ■でありながら■■に■たされ続けるさだめ。シャーリィの■■には■に■■■■な■■が■りかかるが、■■には[■ず]■■■■■■■を■■■■る。■めつきに■■な■■■■。この■■は■■にも■■し、彼女との■が■い■ほど■く■■を■ける。


◆銀◆サブキャラ名鑑#2【リーネ・シュネービッチェン】◆戦◆
 百七十二歳 女 戦闘能力評価:B
 青紫ポニーテール。ポンコツ脳筋娘。
 エルフ爆乳女騎士。武芸百般だが、特にハルバードがメインウェポン。家系的に魔力による身体能力のブーストが得意。絶対にオークなんかに負けたりしない! とか豪語しておきながら本当にオークごときではまったく相手にならないぐらい強い。素手ですらワンパン余裕。極めてまっとうな良識人。シャーリィを妹のように可愛く思っているが、努めてその気持ちを抑え、臣下としての線を越えないようにしている。主人公トリオについては深く感謝こそしているものの、烈火の問題のありすぎる言動の数々にツッコミ(物理)をブチ込まざるを得ない現状に頭を痛めている。Lカップ。

 所持補正

・『ツッコミスト』 因果干渉系 影響度:B
 その生涯をアホに振り回され続けるさだめ。ボケを見ればツッコまずにはいられない。アホに対する攻撃の命中率が著しく上昇し、致死率がゼロパーセントになる。

・『お■■■■』 自己完結系 影響度:■
 ■■キャラの■■。■■■な■■■な■■のめぐりあわせによってリーネの■る■■が■けておっぱいが■■■する■■にほんのりと■■■■■がかかる。しかし■■なところはけっして■えないので■■■である。『シロガネ⇔ストラグル』は青少年の健全な育成に貢献します!

・『■い■■■■■■』 自己完結系 影響度:■
 すぐ■ける■■■という■■に■するアンチテーゼとして■み■されたキャラクターのさだめ。■■■や■■■■■■、■■■■■など■い■で■■■しそうな■■との■■において■■が百パーセントに■■される。彼女の■■で■■な■■で■■こいた■■はもれなく■■に■■されるさだめである。■ぬことすら■されない。■■はない。
作者:バール
投稿日:2016/11/13 21:09
更新日:2016/11/18 22:49
『シロガネ⇔ストラグル』の著作権は、すべて作者 バール様に属します。

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作品ID:1852

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