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神算鬼謀と天下無双

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前書き・紹介


第九話 狂気の平原

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   第九話 狂気の平原



 レノーク城奪還から一ヶ月。

 王都奪還の準備が完了したエーベルン軍は王都を進発した。

 軽歩兵二万六千、重装歩兵一万、弓兵六千、騎兵一万、計五万二千。

 それが、エーベルンの全戦力であった。この内、レノークの守備に軽歩兵二千と松永久秀、クェスを残し、残る五万を率いてライネは王都へ向かった。

 この報を受けてドゴール軍も出撃。

 王都に一万の守備兵を残し、残る十二万の兵で迎撃を開始した。

 軽歩兵七万、重装歩兵三万、弓兵一万、騎兵一万、計十二万。

 両軍はお互いに直進し、そして、王都とレノーク城の中間地点であり、広大な平原であるバッサラーヌ平原まで両軍共にあと一日の距離まで迫っていた。

 この時点でライネは諸将を自らの天幕に招集した。

 エーベルン王国王妹、リューネ。

 エーベルン王国大将軍、バルバロッサ。

 エーベルン王国客将軍師、本城秀孝。

 エーベルン王国将軍、エドガー。

 エーベルン王国将軍、アルト。

 エーベルン王国将軍、フェリル。

 エーベルン王国客将、呂布奉先。

 エーベルン王国客将、武田信繁。

 エーベルン王国客将、中原巴

 エーベルン王国客将、高順清白。

 エーベルン王国客将、陳宮公台。

 エーベルン王国王妹側近、ヒエン。

 ライネを含めた十三人の武人が決戦の為の最後の打ち合わせを始めた。

「…………さてさて、待ちに待った戦がもうすぐ始まる。皆様、心の準備は宜しいでしょうか?」

 秀孝が言うと、将達はライネも含めて全員大きく頷いた。

「では、バッサラーヌ平原でどのように戦うのか、説明する」

 秀孝は地図を机の上に広げた。

「敵は予定通りバッサラーヌ平原に兵を推し進めてきた。それもそうだ。レノークと王都の中間地点であり、十万を越える兵力を展開できる場所など限られている。さらに近くに森や丘など伏兵に適した場所は無く、奇襲も出来ない最適な場所だ。賢い選択だ。地形を事前に把握して、自分達の戦力が最大限発揮できる場所を選んでいる。だが、それだけでは不足している。この戦いは重要な一戦であると心得て欲しい。この戦いでエーベルンが如何に恐ろしく、強大で剽悍な軍隊であるか、周辺諸国全てに教えてやる。そして、戦術とは如何なるものか、この大陸にいる全ての武将に教えてやる」

 不敵な笑みを浮かべ、秀孝はこの戦いの為だけに練り続けた作戦を語り始めた。



 翌朝、バッサラーヌ平原。

 朝日が平原を照らす中、両軍は相対した。

 ドゴール軍十二万。エーベルン軍五万。兵力差は圧倒的であった。

 ドゴール軍は歩兵を重縦陣形、中央突破を狙い中央には重装歩兵三万。その左右に軽歩兵、各三万五千。背後に弓兵一万を配置、歩兵部隊の左右を騎兵部隊、各五千という陣容だった。

 エーベルン軍も陣形はほぼ同じであった。歩兵中央を重装歩兵一万。その左右に軽歩兵、各一万三千。背後に弓兵六千を配置、歩兵部隊の左右を騎兵部隊である。しかし、その割合は左翼が七千で右翼が三千という陣容である。そしてエーベルン軍の歩兵部隊は引き絞られた弓のように湾曲であり、重装歩兵が突出していた。

 戦いの始まりはエーベルン軍の両翼、騎兵部隊の突撃から始まった。それに合わせ、敵両翼騎兵部隊も迎撃の為、突撃を開始した。

 ドゴール軍左翼騎兵部隊の指揮官は第一軍副司令官のタクランである。

 エーベルン軍右翼騎兵部隊の指揮官は呂布、副官は高順である。

 真っ先に敵軍に突入したのは、呂布と呂布直属の騎兵部隊。城外兵から選抜され、徹底的に鍛え上げられた騎兵部隊である。その数、僅かに五百。

 そのすぐ後ろに高順が残る二千五百騎を率いて動いた。

二人は驚くべき速さで敵騎兵部隊に突入した。その進撃速度はタクランの予想速度を遥かに超える。

「吶喊! 敵を蹴散らせ!」

 呂布が先頭に立って、赤兎馬を駆り方天画戟を振るう。その天下無双と謳われた武勇を思う存分発揮していた。

 呂布に敵の目が釣られている間に、高順は騎兵部隊を右に左に柔軟に動かし敵の突撃を逸らす。

「慌てるな! 敵の勢いに飲み込まれるな! 敵は多くない! 数に任せて潰せ!」

 タクランが叱咤激励を繰り返すが、呂布の猛勇により、前線は混沌と化しており、中々攻めに転ずる事ができず、高順の見事な指揮により、柔軟にかつ迅速に動き敵軍を翻弄していた。

 これは、機動防御という全面攻勢を伺わせつつ、敵を翻弄する戦術だった。

 古代中国で覇王と恐れられ、多彩な才能で地上を輝いた一代の英傑、曹操。

 その曹操に対して圧倒的に少ない戦力で戦いを挑み、苦戦させた呂布の騎馬部隊。その真価を思う存分発揮していた。

「突き進め!」

 同じく、エーベルン左翼騎兵部隊の指揮官エドガー四千の騎兵部隊を率い、ドゴール兵を次々と血祭りにしていた。

「作戦通り動きます。私に続きなさい!」

 アルトは別動部隊である三千の騎兵部隊を操り、戦場を左回りに大きく回った。

 七千のエーベルン左翼騎馬部隊は、その軍勢を二つに分けていた。一つは四千の騎兵を率いたエドガーが敵右翼五千の騎馬部隊を押し止め、残る三千騎兵をアルトが指揮し、敵後背に回り込んで挟撃したのである。

「くっ! 早く敵正面を潰せ! 挟撃されるぞ!」

 エーベルン軍の動きに気づいたドゴール軍右翼騎馬部隊指揮官であるソクラクスも、果敢にエーベルン騎馬部隊と激闘を繰り広げていた。彼は五千の騎兵でなんとかエドガー率いる四千の騎兵を強行突破しようと試みていた。

 両陣営の右翼、左翼に配置された騎馬部隊が激闘を演じていた頃、ドゴール軍主力である歩兵部隊が前進を開始した。ドゴール軍中翼前線指揮官は勇猛で名を馳せるラーリオ将軍である。

「敵は少数だ! 恐れることは無い! 全軍、前進せよ!」

 十万という圧倒的兵力でドゴール兵はエーベルン軍に襲いかかった。

確かに、エーベルン軍は強かった。最も堅固である中央の重装歩兵部隊を指揮するバルバロッサ、副将である信繁も勇猛果敢に戦った。しかし、その圧倒的兵力により、エーベルン軍の中央はジリジリと後ろへ下がっていった。

 エーベルンの兵は次々と打ち倒され、ドゴール軍は更に進撃を強めた。

「行け! 進め! 敵部隊を突破しろ! 後衛部隊、突進せよ!」

 ラーリオは返り血で真っ赤に染まる顔を更に赤くしながら叫んだ。彼には確信があった。圧倒的兵力で敵陣を突き破り、左右に分断すれば、敵は全面壊走する。あとは、追撃して殲滅すればこの戦いも、エーベルン征服も完了する。

 ラーリオはさらなる兵力を中央に集中して集めた。この動きを感じた後方で全体を指揮していたゲルガも同調し、一気に押し上げた。

この時点でエーベルン軍の陣形は既に当初の陣形から逆向きの湾曲状態に成りつつあった。

「………………」

 秀孝は顔色一つその光景を見守っていた。彼はマゴとヴァッロの僅か二名の護衛と共に後方の丘で戦況を見つめていた。

「…………秀孝様、このままでは……」

 マゴは焦りを覚えていた。味方は完全に押し込まれ、劣勢状態。このままでは数で劣るエーベルンに勝利は無い。それは誰が見ても分かる事だ。

「マゴ。少し黙っていてくれないか? 敵は今勝利を確信している。もう少し………………そう、もう少し、勝利の優越感に浸らせてやれ」

「………………失礼しました」

 マゴは唇を噛み締めて再び戦場を見つめた。

 エーベルン軍は押しに押されていた。そして、陣形は当初の弓形の湾曲が逆向きになろうとしていた。そして、歩兵部隊の戦いに誰もが焦燥感を感じていた時、秀孝はまったく別の方向を見つめ、そして、嗤った。

「…………マゴ、ヴァッロ。旗の準備をしてくれ…………。よし、今!」

『はっ!』

 マゴとヴァッロ。二人はそれぞれ足元においていた旗を大きく振った。

 旗は紺碧に志の一文字。秀孝の軍旗である。

 その旗に最初に反応したのは、歩兵左翼部隊を率いていたライネ、歩兵右翼部隊を率いていたリューネであった。

『旗だ! 第二部隊! 展開せよ!』

 姉妹ならではか。絶妙なタイミングは歩兵部隊の両翼は後方で待機していた部隊がそれぞれ、敵側面に一斉に襲いかかった。

 陣形が急激に変わりつつあった。

 それは、軽歩兵部隊が敵歩兵部隊の両側面を激しく攻撃を始め、後退を続けていた重装歩兵部隊が頑強に立ち止まったのである。

「…………マゴ。ヴァッロ。見ろ、敵はこれで三方から半包囲された。逃げ場は後ろしかない。敵は大軍だが、実際にエーベルン兵と刃を交えているのは敵軍に三割に過ぎない。重縦陣形は確かに強い。大軍であればあるほど、その強みを増す」

 秀孝はこれ以上無い冷酷な目である方向を見つめた。それは、敵右翼騎兵部隊を挟撃によって全滅させたエドガー、アルトの騎兵部隊である。二人は部隊を再編成してすぐさま馬を走らせた。向かった先は寡兵でありながら敵を圧倒していた呂布、高順率いる三千の騎兵部隊と戦っている敵左翼、タクラン将軍率いる騎兵部隊の背後であった。

 またしてもエーベルン騎兵部隊は敵騎兵部隊を挟撃。そして、敵騎兵部隊は戦場から惨めに逃走を開始したのである。

「敵は大軍。だが、その大軍も全ての兵が戦っているならば、有利になるが、一部では意味が無い。そして、重縦陣形は側面、後背からの攻撃に弱い。そして、致命的なのは…………その足を止めることだ」

 敵騎兵部隊を完全に排除したエーベルン騎兵部隊はさらに馬を進めた。大きく円を描くように戦場を回る。狙うは、ドゴール軍主力である歩兵部隊の背後。

「さぁ、総仕上げだ」

 秀孝は完成された陣形を見て、空を見上げた。

「…………夕方には終わるか」

 秀孝はそう呟くと、マゴとヴァッロを見つめた。

「俺達の勝利だ。だが、まだ途上に過ぎない」



 秀孝の術中に完全に嵌ったドゴール軍は虚しい奮闘を続けていた。

「ちくしょう! どうなってやがる!」

 歩兵部隊率いて最前線で戦い続けていたラーリオは焦っていた。

 つい先ほどまで味方は勝っていたではないか。敵中央突破が成功して敵は無様に蹴散らされるはずだった。

 だが、今戦場を制していたのはエーベルン軍であり、圧倒的に優位に立っている。

 一方のドゴール軍は大混乱に陥り、完全な劣勢に立たされていた。

 敵正面を打ち破ることができず、左右側面から敵が襲いかかってくる。本来ならば後方の部隊が援護をするはずであったが、既に後方にて全軍を指揮していたゲルガ将軍は既に呂布の矢で絶命していた。更に、左右両翼を指揮していたソクラクス将軍も、タクラン将軍も敵騎兵部隊の巧みな挟撃により打ち破られ、タクラン将軍は呂布に、ソクラクス将軍はエドガーによって息の根を止められていた。

 この時点でドゴール軍は完全な包囲状態であった。

 正面は敵重装歩兵が頑強に守りを固め、打ち崩すことができず、左右からは軽歩兵部隊が側面攻撃されて隊列が完全に崩壊し、背後からは敵の騎兵部隊が左後方、右後方それぞれから襲ってきていた。

「中央に固まるな! 分散しろ!」

 ラーリオは懸命に兵に指示を飛ばすが、兵の耳に届くことは無かった。半ば円を描くような陣形である為、本来ならば頑強に守勢に転じる事ができるが、混乱している兵がそれぞれ勝手な行動を取るために思うように守りを固めることができない。更に、味方中央部に目掛けて頭上から矢の雨が降り注ぐ。そしてさらに味方は半狂乱となって整いそうになる隊列を崩し、それに乗じて敵が襲ってくる。そして、味方は再び中央に集まるように後退する。だが、そうすると、中心にいる味方は圧力により圧死するのだ。

「……全て、これが、計算された戦術だと言うのか」

 ここに時、極まれり。

 ラーリオは全てを理解したのである。

 エーベルンは最初から挟撃、包囲をするつもりで陣形を作り上げていたのだ。

 つまり。

 まず弓形の湾曲陣形である為、ラーリオは当初中央突破を狙った突撃陣形だと考えた。だが、違った。弓形の湾曲陣形であるが、最初から押し込まれる事を前提にするならば、中央部が徐々に後退すれば良いのだ。結局の事は陣形が反転するだけの話である。柔軟で重厚な陣形だったのである。敵の狙いはさらにあった。湾曲になることにより、三方向からの攻撃に晒される事になるのだ。事実上、包囲される形になるように自分達が中央突破を狙った突撃をしたようなものだ。そして、敵は最初から狙いすましたかのように側面攻撃を敢行した。これは、予め側面攻撃をする部隊を準備していたとしか考えられない。

 騎兵部隊にしてもそうである。

 エーベルンの左翼騎兵部隊が七千であるのに対して、右翼は三千。ドゴール軍の騎兵部隊は両翼各五千。本来ならば、エーベルンも両翼を五千にすれば良いのだ。それをしなかったのは、七千の騎兵で五千を挟撃し、五千を打ち破った七千の騎兵で、三千の騎兵と戦う五千の騎兵を挟撃したのである。

そして、最後の止め。

 騎兵部隊の後方から突撃。全周囲完全包囲。

「…………テョリスにあの世で謝る必要があるな。あいつが正しかった」

 背中にエーベルン兵の槍を受け、ラーリオは微笑みを浮かべて地面に倒れた。倒れた瞬間、三人のエーベルン兵が剣と斧を振り下ろした。何度も何度も振り下ろした。

 軍を率いる将軍が全員戦死し、ドゴール軍は誰の指示も受けることができず、その無残な虐殺は苛烈を極めた。







 バッサーヌ平原を夕陽が照らす。しかし、夕陽以上に大量の血が平原を赤く染め上げていた。その赤はどこまでも深く、燃え盛る炎のようだ。このような光景は恐らく二度と見る事はないだろう。十万を超えるドゴール兵の無残な死体が平原を覆い隠すほど倒れている。

 そして、地面には多数の座り込むエーベルンの兵士達がいた。誰も彼も疲労困憊で、立ち上がっても真っ直ぐ歩ける者は少数であった。だが、立ち上がれないのは疲労だけが理由では無かった。

「……俺は今まで何度も戦場で戦ってきた。俺達は勝利したのに、なぜ素直に俺は喜べない」

 岩の上に腰を降ろし戦場を見渡すエドガーはそう呟いた。

「エドガー殿もですか。奇妙な事に、私も同様なのです。兵達も気持ちは同じでしょう」

 アルトがそれに応える。

「しかし、これで王都は奪還できる。お前達の祖国は間もなく奪還に成功する」

 呂布が赤兎馬の轡を握りながらエドガーに言う。

「……確かにそうだ。そうなのだが、この心の重苦しさが拭えん」

「秀孝殿の戦術は完璧であった。だが、完璧すぎる……という事でしょうか」

 高順が言うと、アルトは首を横に振った。

「いや、天幕で秀孝殿ははっきりおっしゃった。一切の慈悲を与えず、殲滅しろと。これで、秀孝殿の勇名と悪名は一気に広まることでしょう。残虐で冷酷な軍師として」

「恐怖で敵を怯えさせるのか? それではエーベルンが……。いや、秀孝一人か、この場合」

 エドガーは言いながら気付く。

「秀孝殿が戦場にいる。いや、エーベルンに秀孝殿がいる。それだけで脅威となりましょう。それが、エーベルンを守る盾となる」

「また、アイツは一人で背負うのか」

 エドガーは小石を拾うと、死体に群がろうととするカラスの一団を追い払った。

「では、支えるしかありません」

 アルトはそう呟いた。

 そして、感慨深く地の果てまで死体が続くような光景に絶句している者達がいた。

 ライネを筆頭にバルバロッサ、フェニル、巴、信繁、陳宮の五名である。

「…………これは、戦か?」

 ライネは顔面に飛び散っている返り血を左手の甲で拭いながら、隣に立つバルバロッサに訪ねた。

「……戦です。そして、我々は圧倒的勝利を得ました」

「……勝利だと? これは虐殺だ!」

 ライネが叫ぶと、周囲にいたエーベルン兵が全身を震わせた。

 疲労困憊で歩くのもやっとなエーベルン兵達は、狂気の戦場が終焉を迎えた時、自分達が行った想像を絶する行為に絶句していた。

 兵の中には恐怖と悔恨に悔やんだ者がいるのか、独自に行動を起こす者が居た。

 虫の息のドゴール兵を一撃で殺し、苦痛から解放してやる者。

 絶命した敵兵の手を胸の上で組ませ、祈りを捧げる者。

 瀕死のドゴール兵が訴える最後の言葉に耳を貸す者。

 軽い傷のドゴール兵の肩を担いで助けようとする者。

 様々な想いに駆られたエーベルン兵がそこには居た。

「…………ライネ様。確かに、これは偉大な勝利です。五万の我々が、十二万のドゴールを殲滅して勝利したのです」

「……………………バルバロッサ。まだ生きているドゴール兵を助けよ。ここまで生き残った者は最後まで生きる権利がある」

「軍師殿の命令は……生きている者がいれば殺すように言っていましたが」

「無視しろ! これは、勅命である!」

 ライネは激高して叫んだ。

「…………すまぬ。今は心が平然としていないのだ。いや、この光景を見て平然とできる者などいるだろうか……」

 ライネが謝罪すると、フェニル、信繁の二人は頭を下げてすぐさまライネの命令を伝達する為、その場を離れた。巴はライネの傍に寄り添った。

 ただ一人、陳宮だけは、秀孝に知らせる為にその場を離れた。

 そして、もう二人。ライネ達とはまた別の場所で戦場を見つめるエーベルンの将が居た。

「ヒエン。私は勝利の喜びより、恐怖が勝っている」

 リューネは剣を地面に突き立てて、地獄のような光景を真っ直ぐ見つめていた。

「…………リューネ様、それは私も同様でございます。恐らく、皆同じように思っている事でしょう」

 傍らに控えるヒエンが言うと、リューネはヒエンの方へ振り返る。

「ヒエン、お前はあの男をどのように感じる?」

 リューネに問われ、ヒエンは一瞬言葉に詰まりながら、予想される人物の名を口にした。

「…………秀孝の事でしょうか?」

「……ああ。…………お前の率直な感想を聞きたい」

「…………出会った最初は、なんとも頼りのない貧弱な男…………と感じました。ライネ様、リューネ様のお二方に軽々しく言葉を吐き、無礼極まりない男だと」

「今は? …………どうだ?」

「………………率直に申し上げます。味方である内は心強いかと」

「では……敵になった……場合は?」

 ヒエンは再び言葉に詰まったが、心の中で燻っていた言葉をゆっくりと吐き出した。

「……エーベルンを滅ぼす元凶になるかと」

 エーベルンを滅ぼす元凶。

リューネはその言葉を聞いて、酷く納得してしまった。

 圧倒的不利な状況、それも初陣で圧倒的勝利を飾ったバルハ城砦迎撃戦。

 敵を巧みに操り、奇襲にて敵を圧倒したレノーク湖畔奇襲戦。

 そして、五万の兵で十二万の敵軍を文字通り殲滅したバッサラーヌ平原。

 これだけの才覚があれば、どのような地位、名誉、領地を得てもまだ足りない。

「あの男の目的が何であるのか。本当に元の世界に戻りたいだけなのか、私は疑問を感じている」

「それは……この地で権力を握るという事ですか」

「いや、そのような下衆の野心では無く、もっと…………別の違う野心があるように感じる」

「…………エーベルン奪還を達成した暁には、始末しますか。あの男を」

 ヒエンは周囲に見渡した後、小声で囁くようにリューネに告げた。

「それも私は考えている。いつか、姉上に害になるような気がしてならぬ。ヒエン。お前はあの男の動向を探れ。何を目的にしているのか、はっきりさせよ。…………もし、それがこのエーベルンに、姉上に害する事であるならば……」

 リューネは地面に突き立てた剣を引き抜くと、剣を胸元に構えた。

「この私が秀孝を殺す」

 決心とも言うべき言葉を口にしながら、リューネはその言葉がすぐに揺らいでいる自分の心に気づいた。疑念を抱いて秀孝を監視している。が、しかし。これが本当に疑念なのか、あるいは、姉から全幅の信頼を寄せられ、全軍を指揮する秀孝の才能を妬むが故の嫉妬なのではないか? そんな思いがリューネの心に浮かんだ。





 バッサラーヌ平原でライネ率いるエーベルン軍五万とドゴール王国遠征軍十二万は激突した。

 戦いはエーベルン軍の大胆かつ巧みな戦術によりエーベルン軍の圧倒的勝利に終えた。

 エーベルン軍死傷者約五千に対して、ドゴール軍は十二万の兵を悉く失った。それも、大半は戦死であり、生き延びて捕虜になったのは一万人に届かなかった。

 エーベルン建国以来、様々な戦をくぐり抜けてきたエーベルンではあるが、一度の戦いでこれほどの敵軍を葬ったのは史上初の出来事であった。

 様々思惑が戦場の上をゆっくりと動く雲のように浮かび、平原に射す夕陽は死者の魂を冥界連れて行くかのように地平線へ沈んで逝く。

 完璧な戦術。その結果生まれた凄惨すぎる狂気と地獄の光景。

 それは、エーベルンの将兵全員に勝利の余韻では無く、後悔と悔恨、そして、畏怖と疑念を生み出していた。

 エーベルン軍師、本城秀孝渾身の戦術である包囲殲滅攻撃は大成功を収め、エーベルン軍は王都へ進撃を再開した。

 秀孝、呂布の二人が出会ってから、三ヶ月。

 秀孝は三ヶ月で、エーベルンの国土奪還の決定的勝利を掴む。だが、秀孝の最終戦略目標はまだ先にあり、この戦いは秀孝にとってはまだ途上であった。

後書き


作者:そえ
投稿日:2012/08/11 03:31
更新日:2012/08/11 03:31
『神算鬼謀と天下無双』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。

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作品ID:1138

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