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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)

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前書き・紹介


第六章「死闘」:第29話「決着」

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第6章.第29話「決着」



 氷の月、第四週水の曜(二月十九日)

 午後六時四〇分



 グンドルフは突然の爆発に混乱していた。

 彼は爆風で吹き飛ばされ、近くの茂みに倒れ、落ちてきた雪に埋もれていた。幸い雪がクッションになり大したダメージは受けていない。



(何が起こった? これも奴の魔法か?)



 彼は混乱する頭で、自分の状態を確認して行く。



(怪我は……ねぇな。武器もある)



(奴は本当に何者なんだ? 悪魔か、魔人か? さっきのは伝説の超高位魔法じゃねぇのか?)



 彼は大河の仕掛けた罠のうち、自分の理解が及ばないものは、すべて魔法ではないかと疑っていた。



 この世界では第六階位以上の高位魔法は失われ、伝説の超高位魔法として語り継がれていた。

 その超高位魔法の中には都市を丸ごと吹き飛ばした爆発魔法、死者を操る死霊術、竜すら呼び出せる召喚術の伝説も含まれている。



 彼はさっきの爆発魔法とその前の手下たちの混乱は、大河が超高位魔法を使ったのではないかと疑っていた。



(いや、そんなことはねぇ。奴はただの人間だ。だとすりゃ、もう魔法は品切れだろう。ここまでやられて逃げ出すわけには行かねぇ!)



 彼は自らを鼓舞し、雪の中から這い出していった。



 彼の周囲には爆風になぎ倒された若い木や枝が散乱しており、手下たちの姿はなかった。



(全員やられたか。仕方がねぇな)



 あの爆風では手下たちが生きていることはないと早々に諦める。そして、どうやって大河を追いかけるか考え始めていた。



(さて、これからどうするかだな。これだけ暗けりゃ、戦えねぇな。だが、松明に火を着けたら奴から丸判りだ。奴が動くのを待つか)



 そこまで考えてから、騎士団のことを思い出した。



(いや、ここで奴を待てば騎士団がやってくる。こんだけ派手にやりゃ、場所はすぐに判るだろうな。ここは一旦引くか……)



 手下を失い、本来の冷静さを取り戻しつつあるグンドルフは、撤退も視野に入れ始めていた。



(ゆっくり追い詰めれば、いくらでもチャンスはあるだろう。ここで無理する必要はねぇな)



 彼がその場を離れようとした時、前方に松明の明かりが灯った。

 そして、森の中に大河の声が響く。



「グンドルフ! 生きているなら決着を付けようぜ! それとも今の魔法でビビッたか! そうだろうな。コソコソ隠れるしか能のねぇおめぇにはそれがお似合いだ。ハッハッハッ!」



(上等じゃねぇか! 場所さえ判れば、こっちのもんだ。逆に奇襲を掛けてやる!)



 まだ薬物の影響か、それとも自らの接近戦に対する自信かは判らないが、彼は大河の挑発に乗った。







 午後六時四五分

 俺は十mほど森の中を這い、爆発現場の方を見ていた。



(既に五分以上経つが、何の動きも無い。あの爆発でグンドルフを倒せたとは思えない……)



(俺が奴ならどう考える。手下はほぼ全滅。騎士団が後ろから迫ってくるかもしれない。無理にここで決着を付けず、出直すことを考えるんじゃないか)



(ここまで準備して逃げられると次に使う手が無い。何としてもここで決着を付けなければ……)



 俺はここで決着を付けることに拘っていた。



(罠がうまくいき過ぎ、生き残れるかもと欲が出てしまった。でも、ここで奴を逃がしてしまえば、また、誰かが傷付くかもしれない……)



 俺は奴を引き摺り出すことに決め、俺の存在を誇示するため、松明に火を着けた。

 そして、奴に聞こえるよう大声で嘲笑した。



「グンドルフ! 生きているなら決着を付けようぜ! それとも今の魔法でビビッたか! そうだろうな。コソコソ隠れるしか能のねぇおめぇにはそれがお似合いだ。ハッハッハッ!」



 俺は怒鳴りながら、持っていた予備の松明二本に火を着け、積もった雪に差していく。

 三本の松明の灯りが雪に反射し、何とか戦えるくらいの明るさになった。



 俺は周囲を警戒しつつ、タイロンガを引抜いて雪に刺し、携帯電話を取り出してある操作を始めた。



 携帯に予め録音しておいた俺の声が、周りに流れ始める。そして、俺は魔法の準備を始めた。



『グンドルフ! 聞いているか! お前がいることは判っているんだぞ。早く出て来い!』



 数瞬の間をおき、更に携帯から俺の声が続く。



『なあ、グンドルフ。何でお前は盗賊なんかやっているんだ。それだけの力があれば、冒険者としても騎士としても成功したはずだろう。いや、すでに冒険者としては成功していたんじゃないのか? 若くしてAランクになったって聞いたことがあるぞ。なあ、どうして盗賊なんだ?』



 俺の前方十mくらいの位置に一人の男が現れた。両手に長剣(ロングソード)を持っているが、松明の弱い光のため、表情は見えない。

 携帯からは更に俺の声が続いていた。



『金か? 違うな。金なら冒険者でも充分稼げるはずだしな。人を殺したい? それも違うだろう。人を殺すだけなら傭兵になればいい。帝国に行けば充分人殺しはできるんじゃないか……』



 双剣の男はゆっくりと近づいてくる。

 俺は心の中で、



(あと六十秒。まだ来るなよ。まだ……)



『そうか、弱い奴を痛めつけるのが趣味か。そうだよな、臆病者だもんな……』



(もう少し……)



『ノーラたちに聞いた話じゃミルコに全然適わなかったんだよな。一対一になら確実にミルコが勝っていたって本当か?』



(まだだ……)



『そうだよな、手下を使っても全部避けられたって。苦し紛れに女を攻撃したんだろ……』



 グンドルフは憤怒の表情で俺を睨み付けて、



「黙れ! 俺が弱い奴としか戦わねぇ、臆病者だと!」



 彼は歩みの速度は変えずに近づいてくる。

 携帯からはまだ俺の声が続いている。



『死に掛けていたミルコですら、怖くて手を出せなかったんだろ。だから、人が駆けつけたことを口実に、逃げ出したんだろ』



(あと十秒……)



「ここまで俺をコケにした奴はお前が初めてだ。楽に死ねると思うなよ」



 グンドルフはそういうと、一気に距離を詰めてきた。

 俺は携帯を投げ捨て、フレイムランスの魔法を完成させた。



 奴は突然、目の前に三mほどの巨大な炎の槍が現れたことに驚くが、既に完成した炎の槍=フレイムランスは、奴の体に吸い込まれていく。



 だが、奴はその抜群の回避能力を生かし、俺の炎の槍を避けようと体を捻っていた。



(このタイミングで回避するのか? 化け物か!)



 俺は奴の腹にフレイムランスが突き刺さるようタイミングを合わせたが、捻られた体のせいで右の脇腹を掠めただけで終わってしまった。





 俺は第四階位の火属性魔法フレイムランスを奇襲に使おうと考えていた。

 発動までに百二十秒掛かるため、奴ほどの回避能力があれば、普通に飛ばしても回避されてしまう。

 だから、携帯の録音機能を使い、俺がしゃべっているように見せかけた。

 しゃべっていれば呪文は唱えられない。これが常識だ。

 だから、魔法は使えないと思わせるところに、奇襲効果があると考えていたのだった。

 だが、奴の勘と並外れた回避スキルのせいで、中途半端なダメージしか与えられなかった。





 俺は驚きながらもタイロンガを引抜き、不安定な体勢のグンドルフに攻撃を仕掛けていく。



(まだ、負けたわけじゃない! 奇襲は失敗したが、先制攻撃を受けなければ互角に戦えるはずだ!)



 ヒット・アンド・アウェーを許すと、先制攻撃を掛けられる。奴のスキルで俺の回避スキルがキャンセルされるため、大きなダメージを負うことは目に見えている。

 俺は奴を攻撃範囲から出さないことを考えながら、攻撃を仕掛けていった。









 グンドルフはフレイムランスで脇腹を焼かれ、痛みを堪えながらも、さっきの攻撃に驚愕していた。

 そして、革鎧と中の衣服が焦げた臭いに混じり、自分の肉体が焼けていく感覚に恐怖していた。



(奴が俺をコケにして、手を出させようとしていることは何となく判っていた。だが、あのタイミングで無詠唱魔法だと! 何とか致命傷は受けなかったが、あと何回魔法がつかえるんだ、こいつは! 化け物が!)



 彼の本能が両手の剣を振るわせ、タイガの剣を弾く。



(やばかったぜ。だが、奥の手は使わせたはずだ。ミルコ(じじい)の弟子だそうだが、魔法を封じれば俺の勝ちだ)



 彼は痛む脇腹を無視し、双剣での反撃を開始した。







 俺は体勢を崩したグンドルフに、タイロンガを叩きつける。だが、奴は右の剣で弾き、更に左の剣で攻撃してくる。

 奴の左の剣の攻撃は牽制だったのか、中途半端なものだった。そのおかげで、回避することができたが、俺の奇襲は完全に失敗に終わった。



(何て奴だ! こんな奴に勝てるのか!)



 タイロンガを突き出すように構え、奴の首を狙って、突きと小さめの斬撃の連撃を繰り出す。

 奴は軽く体を左右に振るだけで俺の攻撃をかわしていき、逆に左右の剣で俺の首や肘などの防具の無い弱点を狙ってくる。



 こちらの攻撃が止むと、反撃が開始された。

 剣舞を舞うように左右の剣を振るわれ、ほとんどタイムラグなしの攻撃が次々と飛んでくる。

 奴の左右の剣は、下から振り上げられるものもあれば、横薙ぎに近い軌道のものもある。いずれも急所を狙ったもので、絶え間なく続く攻撃に俺の神経はがりがりと削られていく。



 今のところ、何とか回避しているが、避けるのに精一杯で次の攻撃に繋げられない。

 一方、奴の方は脇腹が痛むのか、時々顔を顰めているが、攻撃の速度は全く変わらず、体を捻るように回転させながら、俺の首、腕、脚、胴に次々と攻撃してくる。



 俺は次第に防戦一方になっていき、革鎧につけられる傷が徐々に増えていく。そして、顔にも数本の傷をつけられ、頬の傷から血が滴り落ちていった。

 更に腕や脚にも防具の隙間から攻撃が入り始め、出血が増え、無視できないほどの量になっていった。



(グリュンタール対策でレイピアの回避の練習をしていなかったら、今頃、致命傷を負っていたかもしれない……それとも奴は遊んでいるのか……)



 既に二分以上、数十回、いや百回以上の攻撃を受けているが、奴の攻撃に緩む気配がない。



 “ハァハァ”という二人の荒い息が森の中にこだまするが、一言も発せず、剣を打ち合う“キーン”という音と革鎧に当る“カン”という乾いた音が森に響いていた。



(ジリ貧だ。避けるだけで精一杯。すぐに出血のため動けなくなる。何か手はないか……)



 焦りを感じるが、打つ手が思い浮かばず、防御に徹するだけしかできない。



(二本の剣の動きを止めないと斬り刻まれて終わってしまう。何とかする……仕方がない。一撃に賭けるか)



 俺は一撃に賭けるため、チャンスを伺っていた。







 グンドルフはこのあまりパッとしない男が、自分の攻撃を避け続けていることに驚いている。



(どうして当たらねぇ! ミルコ(じじい)もそうだが、どれだけ避け続けるんだ! 一回距離を取れれば、何とかなるが、その隙もねぇ……)



 彼も致命傷を与えられないことに焦りを感じていた。

 痛む脇腹の火傷と、騎士団が現れるのではないかという焦りで、いつも以上に力が入っている。

 攻撃を開始して何分経ったのか既に判らなくなっているが、百回以上の攻撃を尽く避けられると、永遠に避けられるのではないかと言う錯覚に陥りそうになる。



(奴の体力も無限じゃねぇ。血は流れているんだ。すぐに動きが鈍くなるはずだ。しかし何て堅ぇ鎧だ。金属鎧並じゃねぇか)



 彼はイラつきながら、一旦距離を取るための方法を考えていた。



(一回猛攻を掛けてから、フェイントをいれて下がる。追ってくれば攻撃、来なければ、仕切り直して攻撃できる。これで行く!)



 彼は今まで以上の剣速で左右の剣を振るい、更に大河に傷を付けていった。









 急に攻撃の速度が上がったことに気付いたが、僅かに対応が遅れた。



(拙い! まだ速くなるのか! クソッ! どうやって避ければいいんだ!)



 俺は一気に増えていく傷に体力(HP)だけでなく、気力すら奪われるような錯覚を起こしていた。



 奴の攻撃が一瞬止まり、奴が何か仕掛けようと動きを変えている。



(ハァハァ、これ以上なにが来るんだ……)



 俺が身構えたのを見て、奴はバックステップで五mくらい下がり、一気に距離を取っていった。



(拙い! 距離を取られた。ハァハァ)



 俺は距離を詰めようと考えたが、荒い息をしている体は言うことを利いてくれない。



(ハァハァ、どんな攻撃が来るんだ? ハァハァ、これ以上は耐えられる自信は無いぞ)



 グンドルフの最も得意とするスキルの”先制”は、”居合い”のようなものではないかと俺は想像している。

 居合いは、抜かせてしまえば楽になると聞いたことがあるが、この世界ではちょっと違うようで、最初の一撃のみ奇襲効果で回避しづらくなるようだ。



 俺は肩で息をしながら、奴の出方を見守るしかなかった。







 グンドルフはようやく距離が取れたことに安堵していた。

 だが、彼も百回以上の続けた攻撃のせいで息が上がっている。



(ハァハァ、ようやく距離が取れたぜ。ハァ、一息ついてから一気に決めてやる!)



 彼は荒い呼吸を整えつつ、二本の剣をだらりと下げた。







 俺は奴の構えに驚きを隠せない。



(何なんだ。構えでも何でもないぞ! どう動くんだ?)



 俺が驚いていると、息を整えたグンドルフは無造作に近づいてくる。

 タイロンガを構え、奴を目で追っていく。



 三mくらいの距離になったとき、奴はいきなり距離を縮めてきた。



 同時に右の剣で俺の足を狙い、突きを繰り出してきた。

 そう思った瞬間、その右の剣が消え、バックハンドのような形で俺の手を斬りつけてくる。



 あまりの動きの速さに回避もできず、右手の篭手を打ち据えられるが、さすがにダンクマールの防具、何とか持ち堪え、右腕が斬り落とされることはなかった。だが、手首の骨が折れ、握力がほとんどなくなっていた。



 痛みに呻く間も無く、左の剣が俺の右から襲ってくる。

 剣で受けることも避けることもできず、右の二の腕を斬りつけられ、防具を貫通し、腕から血が噴出してきた。



 右腕二箇所に重い打撃を受け、耐えていると、更に右の剣が下から振り上げられる。そして、左太ももに浅い傷を付けていった。



(全然見えなかった。最初の動きは何なんだ!)



 奴の動きが全く見えず、絶望感が俺の心を侵食していた。

 その間にも奴の攻撃が切れ間なく俺を襲い、体中から血が噴出していくような錯覚を覚える。

 奥の手は用意しているが、この状況では使えない。



(どうする……打つ手がない……)









 グンドルフは勝利を確信した。

 さすがに初撃で腕を斬りおとせなかった時には驚いたが、あとは確実にダメージが入っている。



(あの絶望した顔。堪らねぇぜ。おっと、遊んでる暇はねぇんだ。さっさと終わらせようか……)



 彼は距離を取るため、再び後退した。







 俺は後退していくグンドルフを見つめていた。

 追いかける気力も体力も残っていなかった。



(ここで死ぬのか。まあ良くやったと思うよ……)



 俺はここで殺されることを、既定の事実として受け入れていた。



(もう腕が上がらねぇよ。疲れた……)



 その時、ミルコの言葉を唐突に思い出した。



『本物の剣士かどうかは、腕が上がらなくなってから、どうするかで決まるんだ!』



『おめぇは貴族の坊ちゃんの剣術を習いてぇのか? なら、別口を探しな!』



(そうだよ。ミルコ、ここからが大事だったんだよな。でもよ、あんな化けもんどうすりゃいいんだよ……)



(そうか。どうせ殺されるなら、相打ちでもいいわけだ! 奴の剣を止められれば、奥の手を使えるかも……失敗しても失うものはないな)



 俺は覚悟を決め、奴の攻撃を待つ事にした。







 グンドルフは大河の様子が変わったことに気付く。



(相打ちでも狙うつもりか? 当たらなけりゃ、相打ちにもならねぇぜ)



 彼は止めを刺すべく、再び接近していった。







 俺は全身血塗れで右腕がほとんど使えない状況の中、痛みに耐えながらタイロンガを構える。

 グンドルフが接近してくるのに合わせ、タイロンガに炎を纏わせ、レンジ外から攻撃を開始した。

 奴は少しだけ驚いた顔をするが、すぐににやけた顔になり、俺が最後の悪あがきをしていると思っているようだ。



 奴の双剣がタイロンガの間を抜けて、俺に襲い掛かってくる。

 右の剣は俺の左腕を斬り付け、左の剣が喉元を狙ってきた。



 俺は右肩を前に出すような形で突っ込んでいった。

 喉元を狙っていた奴の剣は、俺の右の鎖骨付近を貫き、そこで動きが止まった。



「うっぐ!」



 思わず悲鳴を上げるが、左手一本で炎を纏わせたタイロンガで、グンドルフを斬りつける。

 左手一本の弱い斬撃だが、革鎧が焼けて無防備になった脇腹を、炎の剣が斬り裂いていった。



「グハッ! て、てめぇ!」



 グンドルフは俺の相打ち狙いの一撃で、ダメージを負ったことに怒りの声を上げる。

 ダメージ自体は大きいものの、致命傷には至っていないようだ。



(これでも駄目か。奥の手が使えるといいな……)



 俺はタイロンガを取り落とし、仰向けに倒れた。



 俺が倒れたことを見たグンドルフは、ゆっくりと近づき、



「これで終わりだ。クソッ! こんなにやられるとは思わなかったぜ」



 奴は俺に刺さったままの右手用の剣を引抜くため、ゆっくりと近づいてきた。



(最後のチャンスだが、目が霞んできたな。何とか左手を……)



 俺は奴を求めるかのように左手を突き出す。

 動かない右手は無理やり左手に添える。



 奴は余裕の笑みを浮かべ、



「まだ、やる気か。本当に化け物だな、てめぇはよぉ……ギャア!」



 “ヒュ”という小さな音がした後、黒い物体が俺の左手から飛び出していく。そして、奴の右目には、長さ六cm、太さ一cmくらいの先端を金属で補強した、木製の針が突き刺さっていた。

 奴は右目を押え、喚きながら転げまわっていたが、しばらくすると、呻くだけで動かなくなった。





 俺は太い針が飛び出す仕掛けを作るため、ギラーに細い筒と針のセットを頼んでおいた。そして、その筒を左手の篭手の内側に仕込み、手首の繋ぎ目から筒の先が出るように細工をしていたのだ。

 針は圧縮(コンプレッション)の魔法で飛び出すようにし、針には迷宮で襲ってきたアダムの持っていた毒を塗り込んであった。



 俺はグンドルフの方に顔を向け、鑑定を行う。



(体力(HP)はまだあるな。意識もありそうだ。だが、毒はちゃんと回っている。これで終わったな……)



 俺はグンドルフに向かって、声を掛ける。



「き、聞こえているか、ぐ、グンドルフ……お、お前は馬鹿だな。それだけの腕があって……俺に執着しなけりゃ、まだ生きていられたのに……ゴホッ……人のことは言えねぇか……お、俺も一人で決着を着けようなんて考えるアホだからな……クックッ……お前が道連れか……もっとましな奴と一緒に死にたかったぜ……」



 グンドルフは何か呟いている。聞き取りにくいが、



「う、うるせ……お、お前に何が……わ、判る……お前のような……恵まれた……俺はダチに裏切……お前には判ら……裏切られたことの……ない……お前には……お前も……信じてい……に……裏切られ……苦しむ……お前も……」



 最後は途切れ途切れになり、彼の言葉は雪に吸い込まれるように消えていった。



(奴も何かあったんだ……今更だな……さて、俺ももう終わりかな……)



 そう思って、自分の状態も確認すると、体力(HP)は二〇〇くらい、魔力(MP)も一〇〇を切っている。鎖骨の下の動脈が傷付いているようで、HPがどんどん減っていた。



(声は出せないけど、意外と死ぬ間際でも頭は回るもんだ。それとも夢と同じか……ああ、この調子だと、あと二分くらいで気絶するな……ここまで傷付くと逆に痛みを感じなくなるのは何でなんだろう? ふふ、気絶までのカウントダウンができるっていうのもおかしな話だ……)



 ふと、左を見ると携帯が落ちていた。

 ちょっと苦しいが、左手を伸ばすと何とか携帯に手が届いた。

 携帯の時計を見ると午後七時。



(長い戦いだと思っていたけど、最初の攻撃からまだ二時間くらいしか経っていないんだ……グンドルフとの戦いも十五分くらいか……結構短いな)



(段々眠くなってきたな……もうすぐ死ぬのか……ファンタジーな世界で生き残るためにいろいろ足掻いたけど、結局最後は自滅だな……でも、楽しかったかな。いろんな人に会えたし……疲れたな。そろそろ休ませて……)



 俺の意識は次第に混濁していった。



(……死んだら魂はどこに行くんだろう……こっちの世界かな? それとも元の世界かな?……エルナか。そろそろ……行くよ。待っていて……)



 氷の月、第四週水の曜(二月十九日)、午後七時〇〇分

 高山大河は深い森の中で意識を失った。



後書き


作者:狩坂 東風
投稿日:2013/02/05 22:43
更新日:2013/02/05 22:43
『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。

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